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ママタルト「お前の世界すぎるって~~!」

――なんでSNS探偵なんてしちゃったのあたしは!!
ざらりと猫の舌を触れた時のような感覚を心臓に味わいながら、杏(アン)は必死に考える。今LINEしても大丈夫そうで、かつ自分の事情を知っている友達…。
沙織、妙子、あ、加藤くんにはネタ枠ってことで伝えとこ、それで早く飲み行こうって口実にしちゃえ。

知らぬが仏

さっきから何度も、杏の脳を直撃するこのことわざ。昔からそうだ。幼稚園の頃、公園でみんなでかくれんぼをしていた時。リョウくんとアカリちゃんがちゅーしてたのを目撃してしまったこと。高校生の頃、クラスで秀才と呼ばれていたイシダ君がテスト中にポッケにカンニングペーパーを忍ばせており、こっそりそれを見ながら解答していたこと。テスト返却の日のあの涼しげな笑顔。大学の旅行サークルでは美男美女カップルともてはやされていたリオンさんとタクミさん。リオンさんは恵比寿で、タクミさんは下北で、それぞれ別の異性と小洒落たディナーを楽しんでいた。なにより不可解だったのは、「リオン(タクミ)には内緒だよ」と、なぜか私が3人目にその席に呼ばれていたことだ。彼らは決まって解散後、「どっちのほうがいいと思った?」とうっとりしながら聞いてきたものだ。「どうすかね~」と返しつつ、私はその週見逃したドラマの配信期限を思い出していた。

この、見てはいけないもの、知ってはいけないことに遭遇する確率は世界一だ、と杏は自負すらしていた。事実、友人にこれらのエピソードを話すとその場がいつも盛り上がった。ゼミ仲間の加藤くんなんかは、飲み会でこれを話した私がえらく面白いと気に入ってくれたらしく、その日を境に仲良くなった数少ない男友達である。

だが今回は違った。知らぬが仏の事態が、杏に起きてしまった。

巻き込まれ体質な自分を笑い話に昇華するある種の器用さを持ち合わせていた杏は、特にお酒を飲めるようになった大学2年生頃からいろんな男性に絡まれることが一気に増えた(20歳までお酒は一滴も飲まないという生真面目さも、杏にはあった)。
加藤くんでこそそのような浅はかな行動をとらなかったが、彼がいかに理性に基づいた人間であるかを、この2年で杏は痛感していた。
大輔もそうだと、思っていた。
つい数分前までは!

大輔と杏は月に1回会うだけの関係だった。この時点で理性の欠片もないじゃないかと、沙織にも妙子にも口をそろえてつっこまれたのは、今でも覚えている。
大輔は齢23にして分譲タワマンの1室に住んでいた。私生活を勘繰らないことを最初に釘を刺し、SNSで交換したのは唯一会話も自動消去されるsnap chatのみ。何かワケアリなのだろうというのは瞬時に理解したが、杏も別に大輔自身にそんな興味はなかった。
始まりもなければ終わりも見えてない。そんな曖昧な関係だったからだ。期待も信頼も無いその関係は、楽であるとももに、時にひどく杏を寂しくさせた。

今日がそういえば大輔の誕生日だったなと思い出し、今までそんなことした試しもなかったのに、杏の指はFacebookを開き、大輔の本名を検索していた。

馬術の国体で入賞した大輔の幼さの残る写真が最初にヒットした。
またこの感覚だ。
見てはいけない、いけないと思いつつ、下にスクロールする指が止まらない。

次にヒットしたのは

「絹子さんと大輔さんのマタニティフォトを担当させて頂きました📸👩‍🍼」(2021年2月)
写真家の投稿だった。

背中を冷や汗が流れる。心臓がざらりとなる。舌が乾く。

ここまできたら敏腕な探偵の如く絹子サンのInstagramアカウントまで辿り着いたことは、今時の女子高生なら容易に想像できるのかもしれない。

大人の杏にはそれ以上のことも想像から確信に変わる。あのタワマンに住める理由。筋骨隆々のわけ。ゴルフにハマったと肌が焼けていた余裕ぶり。

かろうじて杏が両足で立ったままスマートフォンを握りしめるにとどまれたその理由は、子供の写真と夫妻らしき写真がいくら探しても見つからなかったからだったかもしれない。

でも、でも、、

お前の世界すぎるって〜〜〜!!!!

いや、そこに立っていられたのは
杏の大好きな芸人ママタルト檜原さんのツッコミが脳内に大音量で流れ込んできたからかも、しれない。


《終》


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解説コンテンツ:
YouTube ママタルト漫才「うどん」byママタルト本物チャンネル

podcast ママタルトのオールナイトニッポンPODCAST[ママタルト-①]2022年1月1日放送分




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