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(人間観察)少年のひとたち

※色褪せない過去の日記より

土曜日の、午前10:00。

京浜東北線で、埼玉方面へと向かっていました。

電車は空いていて、わたしがわのシートにはわたしも含め二人、そして向かいのシートには、男性が二人、座っていました。

世間では、休日の午前中ということもあってか、みんな、眠たそうな気だるい表情でした。

向かいのシートの左側の隅に座る男性。

紺色っぽいスーツを着て、40代くらいかな?

スーツの前のボタンをはずし、ネクタイピンはしていなくて、カフスボタンも無しでした。

肘を手すりにかけて、足を組み、ぼんやりと中吊り広告を見ていました。

疲れているようでした。

少し恰幅が良く、黒の革靴はかなりへたっていて、営業なのかな? 休日出勤なのかな? と想像を呼びました。

足を組んだズボンの裾から、傘のマークの、紺色の靴下が覗いていました。

向かいのシートの真中あたりに座る男性。

制服らしきものを着ていたので、高校生かな?

坊主頭に近い髪形だったから、野球部かしら?

大きな四角い、ビニール製のバッグには、「なんとか」って、学校名が書いてあってその、でっかいやつを足元において、長い足を伸ばし、バッグを足で挟み、ものすごい指使いで、携帯電話と格闘していました。

時折、「ふぅーーーんむ。」と、鼻息を荒げて、首筋をボリボリ掻いては、大きなごっつい手で携帯を持ち、小さな画面を睨んでいました。

電車が停車し、駅のホームに到着すると、ドアが開いた途端、小さな少年がタタタッ!、と乗り込んできました。

少年は、ドカッ、っと、シートのふたりの男性の間に座り、肩に背負っていた大きな紙袋をドサッ!と置き、ガサゴソ、し始めました。

洋服やさんで、厚手のロングコートを買ったときに、入れてくれるときくらいの大きな大きな紙袋は、少年の華奢で頼りなげな身体には不釣合いで、

まるで、

子犬のチワワに、成犬用の大きなごつい首輪をつけたみたいで、おぼつかなくって、危なっかしい、アンバランスさが更に興味をそそられました。

シートに座ると、彼はおもむろに、その大きな紙袋から、たくさんの紙の箱を取り出し始めました。

ひとつひとつ、丁寧に、大切に、そーーっと取りだし、ゆっくりと慎重に箱を開けると、電車の模型やら、車のプラモデルやら、ヒーローキャラクターの組みたておもちゃやらが、それぞれの箱の中から現れました。

ひとつひとつの箱が、それぞれ大きく、かさばるものばかりで、それらを、ひと箱ずつ検査するように、そーっと、上蓋を開け、中を確かめ、手に取ってみて、部品をひとつひとつチェックし、

そしてまた、きちんと、キッチリと蓋を戻し、

チェックし終わった箱たちは、次々と横のシートに積み上げられて行きました。

それは、まるで、夢の中でサンタクロースにもらったプレゼントが、朝起きたら本当に枕もとに置いてあって、

嬉しくって、何度も何度も、その存在を確かめるように愛撫するようでした。

ほんとうに、ここにあるね? ほんとうに、僕のものだよね?

少年は、真剣そのものの表情で、まっすぐな視線で、入念なチェックに余念がなく、周りのわたしたちには、まったく興味がないようでした。

そんな少年の熱い存在に、隣に座っていた男性二人が、変化を見せました。

スーツ姿の男性は、

まずは、ちら、と、少年を見て、また、中吊広告に目を戻し、そして、また、ちら、と見ては、外の景色を見て、

ちらちら、ちらちらと、覗き見をしていました。

組んでいた足をほどき、背中をすこし斜めにして座りなおし、少年の方にやや、身体を向けて、腿の上で両手を組みました。

野球部の彼は、携帯電話から、露骨に顔を上げ、片手に携帯を持ち、指はキーにあてがったまま、

顔を横に向け、隣にいる少年の行動を凝視していました。

携帯電話は、彼の大きくごつい手の中で、従順な新妻のように、次の指示を待ちつづけていました。

少年は、わたしと、そして、男性ふたりに凝視されていることなど気がつきもせず、大きな紙袋からガサゴソゴソと、次々に箱を出して、

まるで、新種のウイルスの研究でもするように、目を光らせ、そして、ひとつひとつ、丁寧に傍らに積み上げて行きました。

スーツの男性も、ついには、好奇心に負け、少年の行動と、少年の大切にしている、おもちゃや模型たちを、目を細め前のめりで楽しそうに眺めていました。

きっと、仕事中よりはずっと、いい顔をしていましたね。

野球部の彼は、少年に覆い被さらんばかりにして、覗き込んでいました。

相変わらず、携帯電話は開かれたまま、片手に握りつぶされていました。

推定年齢、左から、

47歳。 9歳。 17歳。

それぞれの年代の男性たちが、同じように、目をキラキラキラキラさせて、とても、微笑ましかったです。

いくつになっても、「少年のこころ」。

男性の持っている、こういうところ、ダイスキです。

いいもの見た気分的です。

わたしたち4人は、偶然にも同じ駅で下車しました。

少年は、

積み上げてあったたくさんの箱を、積み上げたときの丁寧さとは、まったく逆に、乱雑に、半ば乱暴に、ギュウギュウと急いで紙袋に押し込め、

最初は収まっていたはずの箱たちの、入りきらなかったいくつかを片手に抱え、

入ってきたときと同じように、タタタッ!と風のように駆けて、ドアから出て行ってしまいました。

スーツの男性は、

しゅるしゅると、瞳から輝きが薄れ、また、ただの疲れたおじさんに戻って、ペッタン、ペッタン、足の裏でハンコを押すような歩き方で、

片手首をぶらぶらさせて腕を振り、まるまった猫背の背中で、行ってしまいました。

野球部の彼は、

席を立った瞬間から、じっと健気に待ち構えていた携帯電話との逢引に戻り、

それで、よくまっすぐ歩けるね?と、感心するような、すばやい指使いで、四角い、大きな部活バックを、肩に斜めにかけて、携帯を見つめ、

かかとを、ずるずるひきずりながら、行ってしまいました。

わたしは、

その3人の背中を見つめ、後ろから、コツコツと、ゆっくりヒールを響かせ、じんわりとハートを感じながら改札へと向かいました。

それぞれの、人生。

それぞれの、生活。

でも、根っこは、きっと、同じだね。

「子供のこころ」

ステキだなぁ。


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