見出し画像

生きてる子どもたちとのやりとりに、これなら間違いない、なんてことはない。

MOUTNAIN BIKE JORNEY 2019

7/24 DAY4 走行77km

河川敷の朝は少し寒いくらいだった。
もう寝坊とかいう言葉をすっかり忘れてしまったような子どもたちは、先に起きた子がごそごそ片付けはじめると、まわりの子たちがその音で目が覚めて片付けはじめるような感じになってきている。

もはや僕らが起こしに行く必要すらほとんどない。
朝ごはんを食べながらのミーティングはお金の計算が合わずに何度も計算。
こちらの余裕があるときにはたっぷり待てるし、あんまり長いと少しもやもやしてくる。
これは大人の余裕とかではなくて、自分も子どもたちも日々消耗しながらなんとか力を合わせておたがいの違いをすり合わそうとするほかないものだ。

山道に入った。
なるべく楽しく。
イベントごとを即興でつくる。
今日は山道のサイクリングロードがあったので子どもたちを無理やり引き込む。

しんどいー!と文句を言いながらも登りきったところからのくだりはジェットコースターみたいー!と楽しんでいるし、カナブンを見つけたときにはデジカメの顕微鏡モードで一生懸命写真を撮っていた。
そして町に下ったときにはなんかしらんんけど歓声があがる。
シンプルがおもしろい。

目の前に砂浜が見えた。
泳いでいる人もちらほらいる。
ちょうど海水浴場の前の信号で赤になった。
ガソリンスタンドのおばちゃんに挨拶して、ふと思いたって「泳ぐか!?」と聞いたらおっしゃーとはしゃぐ子どもたち。

「10時にはあがろう!」と言ってあとは男子はフルチンで、女子はテントのなかで着替えてあっという間に海に消えていった。
僕もまざって海で泳いで浮かぶ。
子どもとって疲れと気持ちの割合が半分半分みたいにみえて、海で泳ぎまわることはどうも彼らにはマイナスというよりプラスに働いているようでそれを見ているとおもしろい。


そこからはほぼ平坦はなくアップかダウンかという海沿いによくある感じの繰り返しで過ぎていく。
しかもコンビニがないので彼らもはじめて残りの水がなくなっていくのを意識しながら走るようになったようだ。
当然食べるものを買うところもなくて、朝きまぐれで買ったパスタとソースがすぐに活躍することになった。

「まさやんって何作ってもおいしいよねー!」と気づかいなのかなんなのか言ってくれる子どもたち。
大人のぶんは5人をたべさせて休ませているあいだに作って食べる。
つまり僕らに休憩はない。

今日はかなりこたえたようだ。
夕方になるほど口数も少なくなり、出発やブレーキのときのうしろへの声かけも返事がかえってこなくなる。

旅はこうして疲れが出て余裕がなくなっていくところからがほんとのスタート。
心も体力も余裕がなくなっていくなかでどう振る舞えるか、どう気づかえるか。
そしてそのときどきに判断を求められる。

さあ子どもたちがめざしている町まであと10kmを切ったところ、時間は19時前。歩道を走っていると左手に川が海に流れ込む手前のちょうどよい砂利の広場があった。
「おーここええなー!」と一瞬ひとりが言ったのでそのまま僕がチェックして川で体も流せるし、橋のしたにテントをはれるしここで切り上げることにした。


僕はオムライスを作る約束をしたので、さっとたまごと野菜を買いしに出かけて、帰ってきたら子どもたちは歓声をあげながら飛び込んでいた。
うんそれでいい。
僕は食事の準備をする、子どもたちには味噌汁班をまかせた。
それがほんとに切り方ひとつ意見がぶつかり、つくりかたにも意見がぶつかり、かといって火力はそうとう弱いようで30分は待っただろうか。

そういうときのもやもやで、自分の疲れのバロメーターをみる。
いまこれを書いている時点で何度も疲れという文字が出てきているので僕もだいぶ消耗しているようだ。
オムライスが大好評で子ども達があっと言うまに食べ終えてありがとうと言ってくれたことで気持ちが楽になった。


毎日子どもたちが寝てから、かすみさんと今日のお互い気づいた子どもたちの反応について話す。
多くの場合はかすみさんからあのときどうだったんだろう?
どうしたらよかったんだろう?という質問が来て僕がそれに答える。

大人だって毎回納得できるこたえと行動をしているわけではなくて、やっぱり失敗したな、あのやりかたはよくなかったな。みたいに思うのだ。

活動報告を書き終えて、テントから空をみあげるとうっすらと天の川がかかっているのが見えた。いつ寝落ちたのかもわからないまま気づいたらまた朝がはじまる。

画像1

画像2

画像3

画像4



自分の人生を実験台にして生きているので、いただいたお金はさらなる人生の実験に使わせていただきます!