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無有 11 壊れた正義

村の真ん中に大きな男が一人立っている。
(彼がこの村の者なのだろうか。だとしたら野蛮人というよりむしろ聡明で信頼のおける相手のように見えるのはなぜだ。)
ワカミケヌはよく分からなくなっていた。

「ワカミケヌ様、騙されてはなりませぬ。きっとあのようにして人を懐に誘い込み喰らうのでしょう。」

「そうか、そういうことか!私は騙されぬぞ。」

ワカミケヌは男の目をしっかりと見て言葉を発した。

「おい、そこの者。私は北の地から来たワカミケヌだ。この国のためこの地を制圧に来た!」

「ー+~~+・・~~~+」

男は答えた。言葉は理解できなかったが誠実さが伝わってくる声だった。言葉が通じたのならどんなにか良かっただろう。あの男と話がしたい。ワケミケヌは直感でそう思った。しかしそれは既に叶いそうもなかった。家臣たちが剣を抜いたのだ。

「ワケミケヌ様行きますぞ。」

相手は丸腰だ。彼一人にみんなで向かうことは卑怯ではないか。そう思ったがその言葉たちはついに口から出てこなかった。ワケミケヌは怖かったのだ。人を切ることが。争うことが。幼いころに病気で亡くなってしまった母が 常に伝えてくれた命の尊さのこと。父から認められたいばかりにすっかり忘れてしまっていたそれらのことを思い出した。だがもう止められない。
 目の前のこの男を切りたくない。そう強く思いながらも剣は迷いのない太刀筋で男の胸をまっすぐに突いた。男は何の抵抗も示さなかった。肉を刺す感触。熱い血しぶき。我々と同じ色の血液だ。男の目に映る自分を見た。強く何かを訴えている。心臓がぎゅっと鷲掴みされた様に感じワカミケヌは耐え切れず心を閉ざした。そして強く言い放った。

「まだ鬼がいるはずだ。探して皆殺しにしろ!」

力尽きていく目の前の男は この言葉を理解したかのように目を見開きワカミケヌの剣を強く握りしめた。絶対に行かせないぞと言わんばかりに。

(どこにこんな力が残っているのだ。)
男は叫び声一つあげず、命を乞う仕草も見せなかった。ただ男の目が恐ろしかった。その目を早く閉じさせたくて、ワカミケヌは我を忘れ 肉に食い込む剣を引き抜き何度も何度も男に突き刺した。男は事切れたが、瞼を閉じてもあの目が追いかけてくる。沢で手を洗っても、肉に食い込むあの感触と命の脈動と、浴びた血の生あたたかさは消えなかった。

【闇の子どもたちよ。
あなた方の内なる光を保持し続けるために 
自らがとる行動に全面的な責任を負わなくてはなりません。】


#創作大賞2022

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