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無有 9 争わないということ
三人はアクルに言われた通り動いた。ニナとリヤンは急いで山にへ向かい細工をした。テムトもうなずくと同時に駆け出し、友達のライの家に向かったが、目の前まで来るとなぜだか恐ろしさのあまり言葉が出てこなくなってしまった。
「あれ?テムトどうしたの?」
ライが後ろから声をかけてきた。あまりにも唐突だったので驚きのあまり気づいたら逃げ出していた。
(僕は何をやっているんだ!早くみんなに逃げろと伝えなくては!)
だが体が思うように動いてくれない。言葉の代わりに汗が滝のように吹き出てくる。
「よぉ、テムトそんなところでどうした?」
通りかかったリムおじさんが、大汗を流し真っ青な顔をしたテムトを心配して近づいてきてくれた。
「あ、あ、あの、、」
焦りすぎて言葉が出てこない。のどがカラカラに乾きすぎて貼り付いてしまって声が出せない。どうやってしゃべるんだったっけ。頭が真っ白になる。
「一体どうしたんだい。まずは落ち着いてからだ。」
そう言ってリムおじさんは水を一杯差出した。テムトはそれを奪うように取り飲み干した。そして涙がこぼれないように手を強く握りおなかに力を込めた。
「みんな、逃げなくちゃいけないんだ。」
やっと言葉が出てきた。それと同時に涙がとめどなくあふれてきた。
「はやく!東へ逃げて。父ちゃんがみんなに伝えるように言ったんだ。」
「アクルがそう言ったのか。そんなこと冗談で言うやつではないし、テムトがこんなに一所懸命なんだもんな、よし、俺は信じるぞ。みんなにも伝えるからな。」
テムトは大きくうなずきながらあふれてくる涙を止められなかった。
北の民がアソに辿り着いたころには もう村人は全員逃げ出した後だった。アクルは一人、待っていた。そのなかにはまだ若くリヤンと同じくらいの少年がいた。腰には大きな剣を差している。この村には人と戦う為の武器などはない。北の民は何やら話している。言葉が通じればいいのだが、そう思った矢先、少年が口を開いた。
「~ーーー~~。・・ーー~ーー+~~!」
嘘のない明達な声だ。何かを強く訴えていることだけはわかるが、意味が理解できない。アクルも伝わらないだろうと思ったが誠意を見せるために言葉を返した。
「わたしはアソのアクル。この村の代表だ。話を聞こう。」
少年が少し狼狽えたように見えた。しばらく考え込んでから 周りを見渡し村人がいないことを悟ったようだ。よくは見えないが何か戸惑っているようにも見える。どういうことだろう。しかしそれも一瞬のことだった。彼らが剣を抜き向かってきた。アクルは抵抗せず争わないことを選んだ。村人も愛しい家族ももう遠くまで逃げているはずだ。これで彼らの気が済んでくれるなら良いと思った。戸惑いを見せながら少年の剣がまっすぐ胸を刺した。そのことで何かがふっ切れたのか、少年の目から迷いが消えていった。
「鬼はまだいるはずだ。探し出して皆殺しにしろ!」
「あぁ、そちら側に行ってはダメだ!」
アクルは理解するより前に叫んでいた。そんな事はさせない。最後の力を振り絞り少年に必死に訴えた。しかし少年の目は冷たく暗い光を放ち、自らの心を殺すかのように何度も何度も剣を突き刺し、アクルは光を失った。
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