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かみさまへ9

「あいつ何本気で歌ってんの?」

「おっかしいのー。」

 一年遅れで学校に入学したミキは クラスの中でも目立つ存在だった。

なぜかは知らないがらこのくらいの頃からミキはわたしのことを もとちゃんから もとこちゃんと呼ぶ様になった。

中途半端が嫌いな彼女は何事にも全力で挑む。曲がったことが嫌いで、遊びにも全開の力を使う。いつでも生きてることに真剣なのだ。
 
 そんなミキをやっかみ、いろいろと言ってくる子たちもいたが本人は全く気にしていない様子だった。ただ、友達から哀しいことを言われた日には、決まって神社の中にある 大きな木とに会いに行っていたようだった。そうすると木は、いろいろと教えてくれるんだって言ってた。

 周りの大人から もとこちゃんはしっかりしてるね。と言われて一生懸命にそれを演じていたちいさなわたし。人を傷つけたり、怒らせたり、失敗することをすごく恐れていた。今でもだけど。

「もとこちゃん、あのね、今度ね卒業生を送る会で主役をやることになったんだ。」

「えー そうなの?すごいじゃん。」

「うん、どきどきするけど 楽しみ。」

「見に行けないけど頑張ってね。」

 ミキだったら 歌もうまいし元気でお姫様みたいな役はぴったりだし、きちんと主役が務まると思う。

 それに比べ 本当は毎回主役がやりたかったくせに恥ずかしくて言い出せず まさに他力本願に誰かわたしのこと推薦してくれないかなぁと思いながら待っていた自分。
 結局9年間 舞台のそでで一言二言だけみんなと叫ぶという もはや女の子でなくてもいいような役だけを適当にやって終わったわたしの学生時代。

 一所懸命嬉しそうにセリフを練習するミキに合わせて 笑顔でセリフを掛け合っていく。ミキはとても楽しそうだ。その屈託のない笑顔を見るうちに 自分でもどうしようもないほど どろどろとした粘着質な醜い感情が湧きだしてきた。

 応援してるね、と言いながら 本番で失敗すればいい。と思う自分がいたことに驚愕した。
 きらきらといのちを輝かせていつでも全力で楽しそうにしているミキとは対照的などろどろとした重苦しい自分が本当に醜くて汚くて大嫌いだった。

 ミキを羨ましく思ってしまう自分。

 大好きなのに、ミキさえいなければ大人の視線を独り占めできるのに。と思ってしまう。そのくせ もうどうせ勝てないのだからと 初めから努力することも頑張ることもせずただひがんでいるだけ。
 
 本気で頑張って努力して ミキと同じ土俵に立った時 負けるのが本当に怖かった。かろうじてあった自分の存在価値が消えてなくなるような怖さ。

 負けても悔しくないように、哀しくないように、絶望しないように いつしか全てに対して 本気で挑まない、力を抜くということがわたしのくせとなった。
 
わたしはまだ本気なんか出してないんだから負けても仕方ないよね。って言い訳しながら。
 
 そして中学卒業と同時に少しずつ あんなにいつでも一緒、何をするのも共にしていたミキから距離を置くようになった。

 距離があればわたしの中に黒い感情が出てこなくなるのだった。ミキを見なければ感情の穏やかな良い人、きれいな人間でいられた。

 でも、いくらミキを遠ざけててもミキのように素直でかわいい人たちがうっかり近くに現れるたびに 自分の中に淀んでいた粘着質な感情がうごめき出す。その度に強く蓋をしなおし、自分が良い人でいられるような距離を保つようにした。

 智弘に対してもそうだった。常に自分が出来た人間であるように振舞いたいと思っていた。なにもかも分かってるよ大丈夫。という風に理解のある大人でいたかった。だから わたしたちは大きなケンカもなく盛り上がりもなく ここまできたのだと思う。

 だが 自分の感情をコントロールして 周りの人との関係や人生をうまく乗りこなしていたと思っていたわたしにもコントロールできないものができてしまった。

子どもだ。

 距離を置こうとしても 置かせてくれない。むしろどんどんと近づいてきて わたしの心をこじ開けて無理やりに入り込んでくる。
 優しく言い聞かせても、冷たく言い放って駄目。

 こころを穏やかに過ごしていたいと切に願っていたわたしの目の前に舞花が現れて 疑いようもなく全力でぎらぎらと生きる様を見せつけ、10分の1の大きさしかないくせに無視できないほどのエネルギーをもってこっちを見て!と訴えてきたのだ。

 わたしのくだらない自尊心を保つためだけの小さな願いは打ち破られ、感情の起伏もなく穏やかでよく出来た人間だという自負も壊され 平坦な生活もかき乱されて 時間も自分もうまく使えなくなり、何ひとつ思い通りにいかなくなった。

 こんなのは初めてだった。戸惑いしかなかった。自分の子どもを可愛いと思えない自分を見つけてしまった時には消えてしまいたいほどに苦しかった。
 こころが揺れるもの・揺り動かされるものが まだこんなにもわたしの中にあったのだと愕然とした。

 この子は、なぜわたしを良い人・良い母親でいさせてくれないのか。もう、わたしを壊すのはやめてほしい、やめてくれ。そう叫んでも この目の前の幼い命は聞いてやくれない。見たくない自分の姿。隠していたかった本当の自分が日々どんどん顕になっていく。

このままでは みんなから嫌われてしまう。
世間から母親失格だとののしられてしまう。
舞花を立派に育て上げることができない。
お母さんにも見捨てられてしまう・・・。

智弘にも相談できず
表向きは何も問題などなく平気なふりをして過ごしていたが
未来が 恐ろしくて恐ろしくてたまらなかった。

イライラしてしまうことがやめられない。

早く寝ろ!なんで寝ないんだよ!と心ではめらめらと怒っているのに 冷静なふりをして良い母親を演じるわたしに舞花は何かを感じ取ってたと思う。

 やっと眠りにつく娘を見て 初めてほっとできて
「ごめんね。ごめん。明日は優しいママになるから。」
とつぶやく日々。

いつ嫌われてもおかしくない毎日だった。

でも、怖れていたことはひとつも起きなかった。

 
 それどころか子どもを育てるという行為は その子の視線を通じて あの時のお母さんやお父さんの思いを覗いてみたり 子どもだった自分が感じた気持ちを思い出しながら もう一度あの時を経験し、過去に置き去りにしてしまった感情を見つけ出して癒していく作業なのではないかということを驚きとともに感じた。

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