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かみさまへ3

鞄の奥で携帯が震えた。

「もとちゃん、26日って何してる?」

  従姉のミキからだった。一つ年下のミキは両親が共働きだったので、赤ちゃんの時からうちに預けられて お互いの父親の母であるトキばあちゃんが大事に育ててくれた。
 お母さんも専業主婦だったので家にいることはいたのだけど なんだかあの頃はいつもとげとげしていたし、忙しそうにしていたので、わたしたちは ばあちゃんのいる離れで遊ぶようにしていた。
 智弘と出会う前の ほとんどの時間を一人っ子同士のわたしたちはまるで姉妹のように一緒に過ごした。

  ケンカももちろんしたけれど わたしたちはとてもよく気が合い、二人でいれば ただ楽しくって 怖いものなんてなんにもなかったし 実際何でもできるような気持ちになった。
  

  ある春の日なんかは、庭のちいさな砂場に 水を張ってそこにイネに似た草を植えて田んぼをつくり農家の人ごっこをしたり、棒に長いひもをつなげてざるをのせお米を撒きスズメを捕まえようとしてわなをしかけて じっと倉庫の陰で息をひそめて猟師ごっこしたり、物置の屋根から飛び降りたり、日差しの暑い日には 素敵な木の下の苔の上絨毯のうえに寝転んで持ってきたお菓子をだらだらと食べたり、近所の子たちを引き連れて竹やぶの中を探検したり、秘密基地をつくったりと、毎朝ミキがうちに来るたびに新しい冒険を始めるのだった。

  わたしたちが楽しく遊び、真っ黒になって帰ってくるたびにお母さんは
ぐうっと口を閉じ少し嫌な顔をした。

「26日パートは休みだわ。」

「よかった。それじゃあわたしのステージを見に来てほしいの。」

「ステージ!いいねぇ。わたしも暇でよかった。どこでやるの?」

「真楽ホール。」

「すごい!ミキがずっとやりたいって言ってたところじゃん。」

「うん。ステージなんて言ったけど実はオーディションなの。不安でたまらなくって もとこちゃんに来てもらえたらリラックスできそうだから電話してみた。」

そう言って明るく笑う。不安ではあるけど「歌いたい。」と言う気持ちの方が強いみたい。相変わらずだなぁ。そういうところからしてもうかなわない。

「うん、わかったよ。行くね」

「ありがとう。もとこちゃん。何より心強いよ。」

  オーディションと聞いてわたしのほうが緊張してきた。どきどきする。ミキがずっと歌いたいと言っていた場所だ。大丈夫かな?緊張して眠れないんじゃないか。上手く歌えるか。ミキはミキのよさを出し切れるか。出し切れればミキなら絶対受かると思う。
はぁ、まだまだ先の話なのに今からこの調子じゃこのままいけば、当日は緊張で見ていられないかも。と思わず笑ってしまう。

「なんの電話だったの?」智弘が聞いてくる。

「ミキが今度真楽ホールで歌うんだって。」

「へー凄いじゃん。ミキちゃんもとうとうそこまできたか。」

「うん、オーディションみたいなんだけど 凄いよね。あそこで歌うのミキの夢だったんだよ。」

「いいなぁ。ママ。わたしもミキちゃんの歌聴きたい。」
子守歌を歌ってもらった舞花もミキのちいさなファンなのだ。

「そうだよね。一緒に受かるように祈ろう。」

「うん。ミキちゃんがどうか受かりますように。」

「かみさまお願いします。」

胸の奥にいつまでもくすぶり続ける赤暗い石炭のような嫉妬がある。だけどここまできたのはミキの頑張りがあったからだし、わたしは誰よりもそのことを知っている。

舞花と一緒にこころから祈った。

コーヒーショップでアルバイトをしながら時々小さなホールでうたを歌う
ミキは35になった今も輝いている。

 

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