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かみさまへ5

幼い頃わたしたちはよくうたを歌っていた。
自分たちでうたをつくっては練習し、ばあちゃんの前で披露した。
わたしがつくる歌はふざけたものばかりで、歌っているとおかしくなって 途中で我慢しきれずに吹き出し、おなかが痛くなるまで笑ってしまっていつも最後まで歌えない。

ミキはふざけたわたしとは違い、小さな言葉たちを並べてうたをつくるのだった。響きの好きな言葉、素敵な意味の言葉、覚えたての言葉。それらを絶妙に並べ合わせてうたをつくる。ミキの作ったうたを歌うときには どんなに大笑いした後でも心が静かになるのだ。

ばあちゃんは夕方になるといつも決まって 縁側を前に座り

「ミキちゃん、おうた歌ってくれる?」

と言った。その度に ミキは西日の差す縁側に居間の座布団を3枚重ねてステージをつくり 嬉しそうに歌うのだった。

初めのうちはわたしもいっしょに歌ったりしていたが ばあちゃんに

「もとこも聴いていてごらん。」

と言われ、ばあちゃんと並んでミキのうたを聴くようになった。ミキのうたは 静かであたたかくて聴いてるととても安心する。演歌を歌う近所のおじさんたちみたいに「わしの歌を聞いとくれ。」というような押しつけの気持ちが一つもない。

 そして例え同じ歌を歌っても いつもその時のわたしにぴったりなじんで耳に聴こえてくるのだった。まるで心に寄り添ってくるようなミキのうた。

 ばあちゃんはミキのファン第一号、わたしは第二号で 二人の熱心なファンを前にミキは真剣に歌う。ミキのステージの後ろには 光が差し込むあたたかな縁側と、ばあちゃんが慈しんでいる庭があり、どの季節にも夕日に照らされた花が嬉しそうにミキの歌を聞いているのだった。

 段々とミキの歌が本当に素晴らしいものであると理解するとともに わたしにはないその才能と優しさに憧れながら、いつもばあちゃんに歌ってとお願いされるミキに少しずつ嫉妬していくようになった。わたしの方が少しだけ勉強は出来たのだが、ミキはとても努力家でどんどん私に追いつこうとするから怖かった。やめて欲しかった。必死に作り上げたわたしの居場所にこないで、ここを奪わないで。とずっとこころで叫んでいた。

 わたしは、「もとこはあたまがいいから将来有望だ。」という父と母の声を頼りに頑張り、高校受験でもそこそこの学校に合格し、卒業してからもそれなりの職場を探し地位を築いてきた。出産する直前まで正社員として 朝早くから夜遅くまで勤務したが、子どもが生まれた今はなんとなく復職はせずにパート勤めの普通の主婦となっている。

 *

「まま がんばって。」

 真夜中ちいさな瑞木がむくっと上半身を起こして声を掛けてきた。びっくりした。まだ2歳にもなっていない瑞木。がんばるなんて言う言葉も今まで一度も言ったことがなかったはずだ。その一言だけ伝えて 瑞木はまた眠ってしまった。

 この日わたしは眠れずにいた。舞花も瑞木も少し手が離れてきたので仕事を始めようかと考えていたのだった。毎日家事と子育てだけで終わってしまって 何も出来ていないことに焦り、ミキや周りの友人が愉しそうにランチをしたり仕事をしているのを見て 自分もやりたい。自由になるお金が欲しいと思った。でも、子どもが3歳になるまでは一緒にいてあげた方がいいみたいだし 仕事先を探すのも大変だろうなぁ。なんて言うことを考えていたら眠れなくなってしまったのだ。

瑞木のひとことで わたしは決意した。

外に出よう。と。

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