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ハンドメイド作家は食えないがデフォ

表題画像はCreemaから送られてきたものです。
現状は相も変わらず、厳しい台所事情です。
600人もフォロワーがいることに驚いたのは私自身です。
どれくらい厳しいかは、以前の投稿をご参照いただければと存じます。
涙が出ます。

はじめに(前書き)


先日、minne

ハンドメイド作家として食べていく方法

的な公式の投稿がありました。

大変ざっくりで申し訳ございませんが、
そんな感じのタイトルでした。

そして内容も、それ以上でもそれ以下でもないものでした。

ディスリではなく個人の感想ですので、
関係者各位におかれましては
ご気分を害されないようお願いいたします。

minne と言えばGMOグループの
日本最大級のハンドメイド・販売サイトです。

楽天やメルカリも一時期はハンドメイドのカテゴリーを充足させるべくプロモーションをしていましたが、
今では落ち着いた模様です。

気づいてしまったのかもしれません。

ハンドメイドは引きがない

ということに。


ハンドメイドは儲かる分野ではない

マシンメイドの反対はハンドメイド

私に才能がないのはもっともですが、

ハンドメイドという分野は儲からないのが基本である

ことを喧伝すのが私の使命でもあります。


若く将来に希望のある若者が踏み込んでよい修羅の道ではありません。

人には愚かなことをしてよい権利があります。
(ちなみにそれを”愚行権”と呼称した知識人がおりました)

自覚を以て取り組むならば良いですが、
生業にしたいなどと思わないことです。

きっとあなたは後悔します。

”表現”とは余力を持って行う行為

お金がないと心を窮する

私の拙い文章力ではどこまで伝わるか分かりませんので、
これを読んでください。

われわれ凡人に代わり知識人が考察してくれておりますので、
体系的な知識が仕入れられる良書です。

クリエイターは読まれることをお勧めします。


上記書籍に書かれていることですが、

食えることと評価を得ることは分けて考えるべき

です。

ボクシングの世界チャンピオンのファイトマネーの低さや、
オリンピックでメダルを取った選手のセカンドキャリアが食うに困るほど
というのをよく聞きます。

判を押したように、
もっと貰わなきゃダメだ!
などという人が居ますが、
個人の感想なので是非は問いませんが、

多くの人に感動を与え、称賛される名誉



多くの人または団体・個人から貰える金銭的な報酬

は全くの別物です。

上記の書籍でも述べられていることですが、

食うために金持ちに飼って貰う(パトロン)

・生活基盤を整えてから行う余技

このいずれかが望ましいとのことです。

ムーブメントに乗って一躍トップクリエイターに

名誉、ゲットだぜ~

現代でパトロンというとあまりピンとこない方も多いと思われますが、
最近ではNFT(非代替性トークン)
の分野で一躍有名になったグラフィッカーを目にしたことがあります。

名前は伏せますが
キャリア2-3年で、
(分野外の私が言うのもなんですが)
そこまで光るものを感じない人のデジタルアートが1点、数十万円にまで値上がりしているということを見たことがあります。

その方は暗号資産のコミュニティに属しており、
NFTのデジタルアートに参入した際に
仲間内から目を掛けてもらえたとのことです。

NFTに限らず、
新しいサービス、ジャンルはそれに付随してスターが生まれるのはセオリーです。
(例えばYouTubeならユーチューバーで、SNSならインフルエンサーといった呼称が同時に生まれる現象からも説明できます)

新しいムーブメント=NFT
が脚光を浴び、
それって例えば何なの?ってなり、

例えばデジタルアートだよ~
非代替性って言って、デジタルだけどコピーされないんだよ~
だから世界に一つしかなくて、売ることも出来るんだよ~

という具合に投機の対象になって価格が急騰したわけです。
これを運と呼ばずして何としましょう。

ちなみに、中世の金持ちが絵をたくさん買っていたのは
見栄やインテリアというのももちろんありますが、
投機というのもあったそうです。
(これは現代でもありますが)


才能が無くてもいいじゃない、やれるんだもの

それを人は趣味と呼ぶ

やれるを英語で言うと
Can do !!
です。
日本語って難しいですね。

貧しい人は生活の為に、
己を資本に労働力を対価に代えます。

一方、お金持ちは、
働くも働かないもどちらも選択できます。

働かないを選択したとき、
表現したい欲求があれば思う存分できます。
言い方を変えると趣味です。

評価が欲しければより評価されるような、
母数の多い方向に向かいます。

そうではなくて自分の内なる欲求に耳を澄ませるならば、
人の評価などお構いなしにやりまくります。
評価はその後、付随するかもしれないししないかもしれません。
それでもいいのです。
欲求が満たされることで、
その人の表現欲は消化されますし昇華されます。

これが余技のなせる業です。
生活基盤を確保し、
余裕を持って取り組むということです。


正解などない。だがしかし・・・

人生は引き返せる。しかし、時間は還らない

悲しいかな、
時間は誰にも等しく流れていきます。
費やした時間は還ってきません。
時間とは概念で、
不可逆なものです。

人は生まれによって格差がありますが、
時間という資産だけは等しく流れていきます。
もっとも、これすらも差があるのですが、
可視化されていない所が救いでもありそうでもなかったり。
落語に”死神”というものがありますが、
あなたや私の命の蝋燭は、あとどれぐらいの長さがあるのでしょう。


なんにしても、
この世に生れ落ちて、
生きている以上は何かをしたいと思うものです。

享楽に浸りたい人もおれば、
敢えて過酷な冒険に身を置きたい人もおります。
人それぞれです。


僭越ながら私のことを申しますと、
純粋に表現したいと思い作ることもあれば、
より買われたいと思って作ることもあります。
なんとも中途半端です。
バランスを取っているとも言えます。
物は言いようです。

作っている以上は一刻も早く私の元を離れ、
私じゃない誰かの元に辿り着いてほしいものです。
制作者の私には所有する欲求がないので。

金が欲しい
を言い換えていると捉えられがちですが、
そもそも集金手段として非効率なのは先述の通りで、
金銭を介さなくても価値をトレードできれば
私はそれでいいと思っています。


もう終わりにしますので、今回はこのくらいにします。
機会があれば、
金銭を介す商業行為以外のトレードについての展望も書きたいと思っています。
むしろ、私はそれを望んでいます。

それではまた。
御拝読誠にありがとうございました。
ご感想があればお寄せください。
おつかれさまです。


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