見出し画像

祖父との思い出

 あなたも所帯を持つのだから、いいかげん、うちに置きっぱなしの荷物を整理して頂戴。

 春に控えている結婚に向けて準備に追われていた私は、繰り返される母のこの言葉を聞き流してきた。しかし、このところ母の剣幕が恐ろしいことになってきていたので、私はやっと重い腰を上げ、実家に置いたままだった荷物を片付けに戻った。

 県外の大学に進学し、社会人になってからも実家には戻らなかった私は、学生時代の荷物をあらかた実家に残していた。小学校から高校までの通知表の束、背が茶色くなった古い教科書の山、埃っぽい大きなクマのぬいぐるみ、当時熱中して読んだ漫画、記念だからと取って置いたものの、着るあてのないセーラー服、下宿先で使っていたけれど、使わなくなって送り返した小物家電など、改めてみるとそれは結構な量だった。

 教科書に書かれた落書きに見入ってしまったり、友達と交わした手紙を読み返したりする誘惑に時々負けながらも、要るもの、要らないものに分類していると、もう使わなくなった学習机の引き出しの中から、手のひらサイズのお菓子の空き箱が現れた。箱の角は表面の和紙が擦り切れて毛羽立っていたし、手垢でところどころ黒ずんでいたが、箱にはケーキの包みに使われたらしいピンク色のリボンがかけてあり、昔の私にとって何かとても大事なものが入っているに違いなかった。箱を持ち上げると、サイズに比してずっしりと重かった。

 不器用に結ばれたリボンをほどいてふたを開けると、中にはメダルのようなものが何枚も収められていた。私の作業の様子を横目で見ていた母が、それを見て言った。

「懐かしいわねぇ。それ、テレビ塔の入場記念のメダルじゃないの」

 私はこれが換金性のあるものかと一瞬でも期待してしまった自分を恥じた。確かにメダルにはテレビ塔に登った日の刻印があり、メダルの裏面には名古屋の名所のデザインが彫られていた。

「でも随分間を空けずに登ってるのね。ほら、こっちのメダルが11月9日、こっちは同じ年の11月24日になってる」

「そりゃそうよ。あんた、テレビ塔が大好きで、よくおじいちゃんにねだって連れて行ってもらってたんだもの」

「そうだっけ……」

「そうよ。おじいちゃんはあんたに甘かったから、行くたびにメダルを買ってくれたんじゃないの。私はあんたがいくらごねても無駄遣いだって言って買ってないもの」

 祖父との思い出といえば、背の高かった祖父の体を山に見立てて、『おじいちゃん山登山ごっこ』をしてもらったことしか頭に残っていなかった。祖父と私との関わりは高いところに登ることに縁があったらしい。

 翌日、職場の窓から見えるテレビ塔を眺めながら、在りし日の祖父に思いを馳せた。他の街で展望台に登るとき、そこに何か楽しくて懐かしいものがあるような感覚に襲われたのは、祖父が私にくれた贈り物だったのだ。……もしかしたら、今の職場でなんとかやっていけているのも、この窓からテレビ塔が見えるから、なのかもしれない。

 仕事の都合で私は祖父の死に目には会えなかった。私がもっと早く結婚できていれば、晴れ姿を見せてあげられたのに。私の目に、相好を崩した祖父の笑顔がふっと浮かんで、消えた。

 実家から持ってきたコインは職場のデスクに飾っておいた。私と祖父の絆であるそれは、時々光っては私を叱咤激励する。



※数年前にとあるコンテストで大賞をとった文章をnoteにアップしました。

サポートいただけたら飛んで喜びます。本を買ったり講習に参加したりするのに使わせて頂きます。