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「日本海の潟と鳥」 (2023/1/21 日本海学シンポジウム「潟と日本人」より 講演内容書き起こし)


「日本海の潟と鳥」
(高橋) 私は今、若手とご紹介いただきましたが、就職して大体四半世紀がたっています。キャリアの半分を飼育員として勤め、残りの半分は園内の自然観察のガイドの仕事を主にやってきました。現在は事務職です。

1.渡り鳥について
 まず日本にどれぐらい鳥の種類がいるかというと、六百数十種類といわれています。そのうち四百数十種類、約70%が渡り鳥です。日本の外からやって来る、あるいは日本の外に出て行く生態を持っている鳥です。
 秋の渡り、冬鳥が日本にやって来るときの渡りのコースは、サハリンの方から北海道を通って本州に入って来る、千島列島から入って来る、朝鮮半島から北九州に入って来て日本海側に広がっていくというものが多いですが、中には日本海を直接突っ切ってやって来る鳥もいます。ただ、ほとんどの場合は適切な生息場所を自分で見つけたら、そこで2~3日滞在して、少し体力を回復して、また数百キロ飛んで、いいところで休むということを繰り返しながら飛びます。この飛んでいくルートと途中で中継して休んでいくところ、最終的な到着地・目的地をまとめてフライウェイという言い方をします。飛ぶルートです。フライトウェイというのが今日の一つのキーワードになるので、覚えていただきたいと思います。
 日本海側はとても湖沼が多いです。代表的な水鳥の渡来地は、秋田県の八郎潟、新潟県の福島潟、佐潟、鳥屋野潟、大潟、石川県の河北潟や片野鴨池、福井県の北潟湖や三方湖・水月湖、島根県の中海・宍道湖があります。こういったところを中継しながら飛んでいきます。ハクチョウやガンの渡来する最南端が島根県ぐらいです。この湖沼を飛石のようにポンポンと経由しながら鳥は利用して旅をするのです。ですので、飛石が1個欠けてしまったらフライウェイ全体が変わってしまうという危険性があります。ですので、それぞれの湖沼、潟を守っていくという視点と、この湖沼同士のネットワークをどうやって守っていくかという両方の視点が必要になってきます。
 次に、ガン、カモ、ハクチョウといういわゆる水鳥の仲間が、どの県でどれくらいの数越冬しているかが、毎年1月の成人式あたりに全国で一斉に調査されます。ガン、カモ、ハクチョウの2021年の推定越冬数は、秋田県が1万羽です。北過ぎるので、秋田県辺りで越冬するものはあまりいないです。山形県が3万1000羽、新潟県が5万6000羽、富山県が1万1000羽、石川県が5万6000羽、福井県が2万4000羽、島根県が5万4000羽です。
 富山県が群を抜いて少ないです。これはひとえに大きな湖沼がないからなのです。大きな湖はありますが、富山県で湖というとどうしてもダム湖になってしまいます。平野部に開けた大きな湖がないというのが、富山県に立ち寄る鳥、また富山県で越冬する鳥が少ないという原因の一つになっています。

2.ラムサール条約について
 さて、ラムサール条約という話をよく聞きます。富山県でも弥陀ヶ原湿地が登録されています。このラムサール条約は、正式には「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」という名称なので、亜高山帯で鳥がいない湿地が登録されるのは実はイレギュラーで、とてもまれな例です。本来は水鳥がたくさんいるところが登録されています。
 ちなみにラムサールはどこか分かりますか。イランです。イランの一番北側にカスピ海があります。カスピ海の一番南側にあるリゾート地の名前がラムサールです。正式にはラームサルというそうです。ラムサールには実は湖はありません。湿地もありません。条約が締結されたという都市なだけです。ですので、ラムサール湿地という言い方は実は誤解を招くのでちょっと難しいかもしれません。
 このラムサール条約は、世界で2400カ所以上の湿地が登録されており、日本でも53カ所以上の湿地が登録されています。これはどの湿地でも手を挙げれば登録してくれるかというとそうではなく、厳しい審査基準がいろいろあります。代表的なものに、2万羽基準と1%基準というものがあります。2万羽基準は、種は交ざっていてもいいのですが、ある一定の時期に2万羽以上の水鳥が利用する湿地という基準です。1%基準は、ある地域の特定の希少種の全体個体数の1%が利用している、例えば世界に1万羽しかいない鳥だったら100羽以上が生息・利用する湿地という基準です。この二つのどちらかを満たしているものがラムサール湿地に登録されます。
 富山県は全体を合わせても1万1000羽なので、2万羽基準に届きません。富山県全体が一つの湖沼だとしてもラムサール条約に登録するのは難しいということになりますが、富山県にも実は大きな湖沼はありました。これはクイズのつもりだったのですが、正解が何度も出ているから省きます。現在、富山新港になっています。こちらは1960年ぐらいまでは放生津潟と呼ばれ、最後の方では越の潟という呼ばれ方もしていました。海に面した湿地です。


実はこの越の潟(放生津潟)は埋め立て直前には3万羽前後の鳥が毎年利用していました。もしそのままの姿だったとしたら恐らくラムサール条約には問題なく登録されていた規模の湿地だったと思われますが、1970年以降の開発によって近代的な港湾に生まれ変わり、日本海側屈指の工業圏を支える重要な港として位置付けられています。 海王丸もいますし、新湊大橋もあります。そして美しい湾クラブという看板も立っていて県の観光PRなどにもよく画像が使われている憩いの場になっています。ですので、この形になって良かった部分も当然ありますし、それによって失ってしまった部分というのもかなりあるわけです。何を残して何をつくるかというトレードオフというのは常に悩ましい問題として関わってくるということです。 さて、先ほどフライウェイという話をしましたが、フライウェイは日本国内だけの話ではありません。海外とのつながりもフライウェイの一つです。渡り鳥は国境を越えるからです。国境を越えて日本に渡って来る鳥たちを守る国際条約にはどういったものがあるかを説明します。


3.渡り鳥条約について
 日本は四つの国と渡り鳥条約というものを締結しています。この渡り鳥は捕ってはいけない、渡り鳥の加工品を販売してはいけないという取り決めです。日米渡り鳥条約、日中渡り鳥条約、日露渡り鳥条約、日豪渡り鳥条約があります。アメリカ、中国、ロシア、オーストラリアの4カ国とだけしか条約を結んでいません。ただ、実は4カ国も条約を結んでいるのは日本ぐらいなのです。この話は後ほど種明かしをしますが、まず朝鮮半島が抜けているではないかということについて説明します。
 日本と韓国は、渡り鳥条約はありませんが、日韓環境保護協力合同委員会というものを設置しており、そちらの中で、渡り鳥条約に該当する内容のものについて協力してお互いに情報提供をしたり、統一した保護の基準を作ったりしていくということで、毎年1回ずつ日本と韓国交互に会合を開いています。いましたと言った方がいいのですが。
 実はこれが2018年を最後に会合が1回も開かれていません。両国関係の悪化のためですが、具体的に言うとレーダー照射事件の直後からなくなっています。
 そして今まさに鳥インフルエンザが九州で猛威を振るっています。ツルが何千羽も死んだというニュースは皆さんご存じかと思います。朝鮮半島からマナヅル、ナベヅルは渡って来ます。一万数千羽で、そのうち1300羽(10%)ぐらいの個体が日本で死んでいるのです。あまりに数が死んでいるので、その死体を恐れて朝鮮半島に帰っていっていて、朝鮮半島では今、数が激増しているそうなのです。それがどこから帰ってきた鳥なのか、あるいは日本で今どういう状況なのかを日本と韓国で相談して情報共有するホットラインが今全くない状況なのです。恐らく現場レベルではきちんと交流はしていると思うのですが、必ずそうしましょうという取り決めがない状態で今動いています。これが国境なく動いている渡り鳥の保護にとってはとても悩ましい問題で、こういった政治的な不安定さが野生動物の保護に影響を与えることはあってはならないというか、そことは切り離して考えていただきたいという思いでいます。
 さて、今の韓国と合わせて5カ国と日本は渡り鳥協定を結んでいるのですが、日本以外の国はどのようにしているのかです。実は多国間条約に加盟しているので、いちいち一つ一つの国と条約を結ばなくてもいい状況になっているのです。ボン条約(移動性の野生動物種の保護に関する条約)に124カ国、ほとんどの先進国が加盟しています。ほとんど聞いたことがありませんよね。なぜかというと日本は加盟していないからなのです。
 ちなみに今日は会場は若い方が多いので説明すると、昔、西ドイツという国があり、そちらの首都がボンなのです。なぜ日本はボン条約に加わらなかったのか。移動性の野生動物種というところがくせ者で、これは陸上の動物も水中の動物も含まれます。陸上で言うとバイソンやトナカイも入ります。海の中で言うとクジラ、イルカ、ウミガメも入ってくるのです。だから日本はこの規制にはどうしても賛成できないということで、ボン条約の加盟を保留しているという状況が続いています。世界的には先進国としては非常に珍しい立ち位置を取っているのが日本の渡り鳥行政ということです。
 でもラムサール条約があるではないか、それで一個一個の湿地を守っていけばいいのではないかと思うかもしれません。しかし、実はラムサール条約には保全に関する義務はないのです。「ラムサール条約に登録された、やった、これで保全がされる」ということにはならないのです。努力義務が書いてあるだけです。
 例えば、ワシントン条約という希少動物の商取引に関する条約では、日本国内でその条約を守らせるための法律が整備されています。種の保存法といいます。ですので、ワシントン条約を破ったことをすると種の保存法違反で逮捕されるのですが、ラムサール条約では国内法が設定されていません。通常の鳥獣保護法や国立公園法のようなもので守られているだけなので、ラムサール条約に登録されている湖とそうではない湖は保護に関しては差がないのです。
 もっと言うと、ラムサール条約の湖でカモが休んでいて、夜になったら田んぼもしくは河原に行って餌を食べるとします。その田んぼもしくは河原が可猟区であれば、そのカモを撃っても食べても合法的なことなのでオーケーになります。そんな不思議な、「全」と「半」でもないのですけれども、なかなか割り切れない部分が多くある保護行政になっています。

4.潟・湿地が提供する生態系サービス
 そんな日本列島なのですが、「生物多様性ホットスポット」というものに生物地理学会で指定されています。生物多様性ホットスポットとは、1500種以上の固有維管束植物が生息している、要するにシダ植物以上の高等植物で固有のものがものすごく多いのだけれども、原生の生態系の7割以上が改変されている、人の手が入っている、もしくは破壊されている地域です。日本以外はほとんど熱帯雨林地方で、日本は温帯としては例外的にこれに指定されています。豊かな生物多様性を持っているにもかかわらず、それが急激に失われている。ホットスポットというのは注目すべき点ですよということです。
 では、そんな日本の豊かな生物多様性を育んでいる湖沼をどうやって守っていけばいいのかということなのですが、先ほど菅先生の話でもノスタルジックに守るだけではなかなか難しいという話が何回か出てきたと思います。そこで最近出てきた考え方に、生態系サービスというものがあります。その生態系が現在そこに住んでいる人にどんな利益を与えているのかをきちんと目に見える形にして評価していこうという動きです。生態系サービスは、供給サービス、調整サービス、基盤サービス、文化的サービスの四つに分けられます。供給サービスは、フナなどの魚介類や鳥が捕れる、かんがい用水で飲み水も取れるということです。調整サービスは、潟があることによって洪水が緩和される、異常気象の急激な高温・低温が緩和されるといった気候の調整をするサービスです。基盤サービスは、生物多様性の希少種の生息地である、もしくは多様な生き物がいるという基本のサービスです。文化的なサービスは、この景観が素晴らしい、観光地として潜在的なメリットがある、芸術や文化の題材として優れているといったようなものです。これらを何となく分かっているだけではなく、きちんと数字として目に見える形で評価して住民の中でも行政の中でもこの潟を守っていく必要性はこういったところにあるということを明文化しようという動きです。

5.まとめ
 日本は、野鳥保護に関しては沿岸国が一体となった施策がなかなかうまく取れていないという現状があります。ロシア、中国、北朝鮮も含めて、厳しい国際情勢の中だからこそ、それとは切り離して環境に関する協力は一致団結して、フライウェイという1本のルート、ひとつながりのものとして潟を捉えていく必要があります。
 生態系サービスを可視化し、この潟をどうして残さなければいけないのか、懐かしいからノスタルジックに残したいというだけではなく、どういった恩恵を受けているのかということをしっかりと明文化することが重要です。
 日本は豊かな水辺の生態系を持ちますが、保全はどうしても後手に回っています。
 最後に、よく歌には国境はない、文学には国境がないといいますが、渡り鳥には文字通り国境はありません。ですので、国を越える鳥たちのためにも国際間の協力はどんな国際情勢にあっても継続して行っていくべきだと考えます。

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