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沢田蒼梧 ピアノリサイタル 紀尾井ホール

昨年ショパン国際ピアノコンクールに出場された沢田蒼梧さんのオール・ショパン・プログラム。沢田さんにとって東京では初めてのソロリサイタルとのこと。しかもピアノはショパン国際ピアノコンクール(以降コンクール)で実際に使われたモデルで演奏されるという貴重な演奏会。ピアノを拝見できるだけでも価値がありますし、コンクールの感動を再現くださる沢田さんが演奏されるということで会場は満席、チケットは発売当日完売という人気ぶりでした。ライブ配信でワルシャワでの演奏を応援した高揚感を追体験しながら、改めて生演奏でお聴きする美しいピアノの音と、思いがけない痛快トークつきで大満足のコンサートでした。

この記事はクラシック音楽初心者が、勉強がてらコンサートの余韻を味わう目的で残す、備忘録に近いコンサートレポートです。


プログラム ~オールショパンプログラム~

アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ 変ホ長調 Op.22
エチュード 変ト長調 Op.10-5 「黒鍵」
舟歌 嬰へ長調 Op.60
スケルツォ 第2番 変ロ短調 Op.31
ソナタ 第2番 変ロ短調 Op.35 「葬送」
ノクターン 第8番 変ニ長調 Op.27-2
バラード 第1番 ト短調Op.23
<アンコール>子守歌 変ニ長調 Op.57
<アンコール>ポロネーズ第6番 変イ長調 Op.53 「英雄ポロネーズ」

公演日:2022年3月13日 (日)紀尾井ホール


沢田蒼梧さんとシゲルカワイ

沢田さんは現在名古屋大学医学部5年生という、異例のバックグラウンドをお持ちのピアニストさん。日本のピティナ・ピアノコンペティションやスイスのジュネーブ国際音楽コンクールなど、数々のコンクールに入賞されており、2005年のショパンコンクール第4位入賞者である関本昌平さんに師事していらっしゃいます。筆者は不勉強でショパンコンクールまで沢田さんを存じておりませんでしたが、ワルシャワからのライブ配信に大興奮でTwitterをフォローさせていただいていたところ、ユーモアセンス抜群というさらなる異例のバックグラウンド(?)を持つ方ということが判明し、以来すっかりファンになっております。

沢田さんもご出演されているこちらのドキュメンタリー、とても良い作りだった記憶です。コンサートのMCでもお話されていましたが、医学部の勉強とピアノの両立についてよく質問されるという沢田さん。予備予選後のこちらのインタビューでも「両方があるからバランスが取れている」とおっしゃっていますね。

ショパンコンクールはコンテスタントが演奏するピアノを選ぶことができることも特徴的なコンクールなのだそうです。今回はスタインウェイ2台、ファツィオリ、ヤマハ、そしてシゲルカワイ。この世界の舞台に日本のピアノメーカーが2台も選ばれていることが驚きであり、なんとそのピアノは現地にあったものではなく、コンクール期間だけ日本から持ち込まれたと知ってさらに驚き。ピアノや調律師さんたちがはるばるポーランド・ワルシャワまで旅をするということに、なんともロマンを感じます。こちらの音楽ライター・高坂さんがカワイの調律師さんにインタビューされた記事や、コンクールのインタビュー番組「ショパントーク」に調律師さんたちが特集された回で伺うお話は、まさしく映画「羊と鋼の森」の世界。とても興味深いものでした。

コンクールでカワイを選んだ沢田さん。このピアノについて、強音も弱音も同じように響く不思議なピアノで、芯がありつつそのまわりを優しい音色が包むように鳴るといったような紹介をされていました。とくに弱音が美しく、嫌な音が出ないピアノなのだそうです。今日の沢田さんの演奏で、その瑞々しく奥深くエレガントで温かい、とても趣のある音色が引き立てられ、ピアノという楽器そのものの魅力を再確認することとなりました。感動でした。


アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ 変ホ長調 Op.22

まず最初にこのエレガントな作品で沢田さんのピアノの音の美しさにひとしきり感動。これが世界のショパンコンクールの音、カワイシゲルの音なのですね。沢田さんとピアノが会話しながら音を鳴らしていて、何かお互いを敬ったり優しく思いやるような空気感を感じるようで、美しい演奏でした。


エチュード 変ト長調 Op.10-5 「黒鍵」

もともと沢田さんがこういった軽快な技法がお得意だったため、弾いてみようということになった作品なのだそうです。(パラパラした、という表現をされていたような)


舟歌 嬰へ長調 Op.60

筆者の大好きな作品なので沢田さんの生演奏でお聴きできるだけで夢心地なのですが、キラキラ感、柔らかさ、重厚感・・・ピアノのすべての魅力が詰まっている演奏に酔いしれたひとときでした。なんとなくピアノを擬人化してイメージしており、シゲルカワイ様がピアノの魅力を熱心に伝えてくるのを聞いておりました。

関本先生と練習する際は「うなぎのたれ」に例えられるというこの曲(笑)。大きく演奏せず、その内に込められているものをじっくり何度も手間をかけて仕上げていくのだそうです。


スケルツォ 第2番 変ロ短調 Op.31

この日の演奏の中で最も印象に残った曲でした。すべてが素晴らしい!と心で叫んだ演奏でした。


ソナタ 第2番 変ロ短調 Op.35 「葬送」

ここから第2部。お医者様になる方が演奏していると思うと、葬送ソナタは特別なものがありますね。体の弱かったショパン。もし生まれ変わったら沢田さんのようにピアノを弾きながら医療の道にも憧れてお医者様を目指したのではと妄想して、コンクール中も感慨深く拝見してしまいました。

この日の演奏は温かく寄り添ってくださる印象でした。これも今日の演奏を楽しみにしていた作品なのですが、予想以上に心の深いところに届いて個人的な感情と紐づいて号泣してしまい、終始沢田さんの演奏とシゲルカワイ様の音(擬人化継続中)に慰めていただいていました。将来こうして生死という事実の消化しきれない思いを、同じように沢田先生に癒してもらう方がたくさんいらっしゃるのかもしれませんね。


ノクターン 第8番 変ニ長調 Op.27-2

沢田さんがおっしゃった表現を忘れてしまったのですが、葛藤に苦しむような作品というような紹介をされていた記憶です。こちらのインタビューで「葬送ソナタ」は不思議な余韻が残る曲のため、プログラムの最後に弾く気持ちにはなれないとおっしゃっていますが、聴く側へのお気遣いとも思えます。ソナタの余韻は長く続き、ノクターンでまたひとつ癒しの時間をいただいた気持ちでした。沢田さんはお気遣いのある優しいお人柄なのかもしれませんね。


バラード 第1番 ト短調Op.23

この作品は最初に関本先生に習ったショパンの曲であり、ショパンを弾く極意を知るきっかけとなった思い入れのあるものなのだそうです。コンクールでは予備予選と1次予選で演奏されており、1次予選ではこのバラードから物語を作っていったという沢田さん。プログラムでバラードから弾き始めるコンテスタントは他にいなかったという珍しい作戦だったようですが、ストーリーはそのまま3次予選でバラード第4番で締めくくられる計画だったのだそう。コンクールではその一部始終が叶わなかったということで、この日を再スタートにとおっしゃっていた沢田さん。

限られた時間の中でお医者様としてのお勉強や活動と並行されるご予定の沢田さんが、これからどれだけピアノを弾いてくださるか気になるのは筆者だけではないと思いますが、この”再スタート”は嬉しい言葉でした。ピアノについて無知を恐れず言うのであればお医者様としてご活躍される片手間にピアノを弾いてくださるだけで充分という勝手な思いですが、これからも演奏活動してくださるのだと、思わず安心してしまいました。これまで以上に私たちが想像しなかった視点から音楽を生み出してくださるのかもしれませんし、幅広い経験から小ネタを集めて披露してくださるのではないかと密かに期待して楽しみにしています(笑)


<アンコール>子守歌 変ニ長調 Op.57

最近、医学部の方では小児科をまわっていらして、子供たちがゆっくり眠りにつけるように、という思いで選曲なさったのだそう。子供たちからも人気の先生になりそうな沢田さんですが、子供たちがかわいいからこそ難しいこともあるとポロっとおっしゃっていたのも、そのお人柄を感じる印象的な言葉でした。


<アンコール>ポロネーズ第6番 変イ長調 Op.53 「英雄ポロネーズ」

最後にとても情熱的な演奏でしたが、どのような思いが込められていたのでしょうね。筆者にはその力強い英雄を切望する思いが感じられました。もしかしたら今日の情勢を思い、正しく民衆を導くことができる信頼できるリーダーが必要であるという気持ちを代弁してくださったのかもしれませんね?


最後に

今回のリサイタルは当初、格式の高い紀尾井ホールでの開催でもあり、MCなしで企画されていたところ、前回のリサイタルであまりに好評だったために加えられたという沢田さんのトーク。マイクをお持ちになった瞬間からもう期待しかなかったです(笑)今度は沢田さんのすべらない話1時間つき全3時間コースでいかがでしょう(笑)


ショパンコンクールの動画と演奏曲リスト

今回の公演で演奏されたものは※マーク、頭出しのリンクを入れる予定です。

予備予選
マズルカ ト長調 Op.50-1
マズルカ 嬰ハ短調 Op.50-3
エチュード 変ト長調 Op.10-5 「黒鍵」 ※ (01:54:32)
エチュード 第10番 ロ短調 Op.25-10 ※ (01:56:15)
ノクターン 第8番 変ニ長調 Op.27-2 ※(02:01:20)
バラード 第1番 ト短調Op.23 ※ (02:07:15)


1次予選
バラード 第1番 ト短調Op.23 ※(0:00)
ノクターン 第8番 変ニ長調 Op.27-2 ※(10:45)
エチュード 嬰ト短調 Op.25-6
エチュード 嬰ハ短調 Op.10-4


2次予選
アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ 変ホ長調 Op.22 ※(0:33)
ワルツ へ長調 Op.34-3 「猫のワルツ」
舟歌 嬰へ長調 Op.60 ※(18:27)
スケルツォ 第2番 変ロ短調 Op.31 ※(28:01)



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