さよならなんて言わなかったじゃないか

あなたがいなくなった日。
ふと立ち去ってから、私はなにも気づかずにメッセージを送り、
「未読無視つれえ〜〜」
そう言って呆れたように伽藍とした部屋で1人机に携帯を置いて煙草を手に取った。

あなたっていう人は返信が遅くて、それでも入院日記を毎日続けて書いて、たまに見せてくれる。綺麗な胡桃色の髪が目にかかって、やさぐれた身体によく似合っていて。背が低いのをいつも気にしていて。

ふと携帯の画面が明るくなり、やけに早いなと思い手に取ると身に覚えのない文面がチラつく。
開くと、
「久真の友人の優人って言います。先日久真が亡くなりました。これからはこの携帯は僕が預かってるので、もう久真にメッセージは送らなくていいですよ。
本人じゃなくて申し訳ないです」

息を飲んだ。人って本当に死ぬのか。

そんな間抜けな感想だけ残して、私は煙草を置いて、少し笑おうとして、その後泣いた。

それから私の伽藍とした部屋は一斉にぐちゃぐちゃになって、灰皿からも吸殻が毀れてしまって、
ふと、鏡の前に立ってあの人が好きだと言った黒髪を触って、1本抜いた。
「どこにいるの」

もう、冬も始まっている。暖房を付けっぱなしの私の部屋は乾燥して、唇がかさついて、リップクリームを鞄から取って、唇に沿って塗ってみる。久しぶりに外に出ようと思った。

あなたと一緒に通った道を過ぎて行く。過ぎてしまう。あなたが現れる前に、過ぎて、過ぎで、さよならも、告白の返事も、ない儘。
ただ、好きだったなあって間抜け面をしてしまう。
来年は桜を一緒に見ようって言ってた。クリスマスプレゼントも用意してた。来年の私の入学式も来てくれるって、必ず退院して私と会うって、言ってた。言ってた。

さよならなんてしてないじゃないか

うそだよって、いつもみたいに、わらって、
わらってよ。

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