見出し画像

今村翔吾『火喰鳥』

この記事は、日本俳句教育研究会のJUGEMブログ(2021.05.01 Saturday)に掲載された内容を転載しています。by 事務局長・八塚秀美
参照元:http://info.e-nhkk.net/

『じんかん』と共に同僚から借りた『火喰鳥』。こちらは今村翔吾さんのデビュー作で、人気シリーズ「羽州ぼろ鳶組」として続いている作品でもあるようです。

かつて「火喰鳥」と呼ばれ人気を博した火消・松永源吾の火への恐れ、そして「ぼろ鳶」と揶揄されながらの火消の御頭としての復活劇が描かれていきます。「再生を繰り返す神鳥」である鳳凰を火消羽織に背負いながら「人は火の中からでも再び夢を見られるものと信じている」源吾のかっこよさは言うまでもなく、登場人物たちがとにかく文句なしに魅力的な作品でした。

「生死をかける火事場は人の本能を剝き出しにし、異様な高揚感」をもたらしていく。「我先にと逃れようとする人々はまるで地獄の亡者のようである。真に追い詰められた時、人は人であることをやめる。男が妊婦を切り倒して道を開き、坊主が子供を乗り越えて屋根に上がろうとする。こうなれば火より恐ろしい存在である」

火事場で戦う彼らの台詞が痺れます。

「火を消すと言う一点で繋がれるのが火消と言うもの」
「命がけは今に始まったことではありません。それが火消と言うものですよ」
「弱き者を守る」
「火消の本分は命を守ること。それ以外にねえ」

いなせで歯切れの良い文字通りの江戸っ子気質が読者にも気持ちよく、火事場のスピーディーな救出劇と相まって人気シリーズになっていったのがよく分かりました。

「火の神様に、人の強さを思い知らせ」るために立ち上がった源吾のクライマックスの台詞でボルテージは最高潮に高まります。

世には多くの天災がある。神には何かご意志があるのかもしれねえが、人にとってはただの理不尽でしかない……その全てに指を咥えて黙っていられるほど、俺は人が出来ちゃいねえのさ。いい加減にしろって横っ面殴ってやる。いくぞ! 俺に続け!

火消に限らず、「心さえ決めれば何度でもやり直せる」そんな人間の強さが描かれているように感じました。

本作で登場回数は少ないものの、田沼意次の描き方も「開府以来の英傑」という魅力的な人物造型となっていました。一般には悪評の方が語られる田沼意次ですが、『じんかん』での松永久秀の描き方を思うと、シリーズ内でどんな肉付けがされていくのか気になるところでもありました。