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オンライン学習の効果 〜自主的な学習をどのように担保するのか

今回は、「オンライン学習の効果」について考えてみたいと思います。

前回は、2024年3月5日に、総務省から公開された報告書をもとに、地域日本語教育の地域格差を解消するために何が必要か考えたことを書きました。

この報告書では、日本語教育の推進のために必要な措置として、「オンライン学習」を推進することが報告されています。前回は、この点について詳しく触れることができなかったため、今回は、「オンライン学習の効果」について書いてみたいと思います。


日本人の自主学習の実態

まず、この問題について、全く別の視点から、考えてみたいと思います。

総務省統計局では、「社会生活基本調査」を5年ごとに行っています。最新の調査は、2021年のものです。これは日本人を対象に行った調査です。

この調査は、10歳以上の19万人を対象にしており、毎日の生活の中で、何にどのくらい時間を使っているのかについて説明しています。いろいろ興味深いデータなんですが、今回は「学習・自己啓発・訓練」に注目してみたいと思います。

「学習・自己啓発・訓練」には、学生が学業として行っているものや、社会人の職場研修の時間は対象にしていません。社会人の自主的な学習時間について調べています。

調査によると、1年間の自由時間になんらかの「学習」を行った人は、全体の39.6%という結果が出ています。20代前半が最も多く、52.6%。年齢が上がるにつれて、学んでいる人は少なくなっていきます。40代前半が39.9%で平均値くらい。それ以上の世代は、もっと少なくなっていきます。ということは、社会人、特に40代以上の60%が、「学ぶ」ための行動をとっていないということになります。

学習時間についてはどうでしょうか。1日の生活時間を見ると、「学習・自己啓発・訓練」の時間は13分という結果になっています。全体の60%が学習時間0分ですし、休日にまとめて学ぶという人も多いと思いますので、実態とはだいぶ異なると思います。いずれにしても、学んでいる人は、もっと時間をとっていると考えられます。

自主的に「学んでいる人」、全く「学ばない人」で、かなり差が出てきそうです。

学習内容についてみてみると、「パソコンなどの情報処理」や「英語」などの語学、「家政・家事」などが多いようです。「家政・家事」というとなんか味気ないですが、料理とかお菓子作りとか、編み物などの学びがこのカテゴリーに入るのでしょうか。

日常的に学習を続けることの難しさ

なぜ私がこのデータを持ち出したのかというと、前回の「地域における日本語教育の実態調査報告書」を読んで、「オンライン学習」に多くの期待が寄せられていることに、ちょっと不安を感じたからです。

オンライン学習って、やってみるとわかるのですが、相当のモチベーションがないと続きません。パソコンやスマホを開き、コンテンツにアクセスして、初めて、学習がスタートします。アクセスしなかったら0(ゼロ)です。しかも、結構簡単に「アクセスしない」という行動が取れてしまいます。

私は、4年くらい技能実習生を対象としたオンライン学習を行っています。365日24時間、いつでも好きな時に学べるという環境を提供しているのですが、それでも、アクセスする人としない人がいます。当然、積極的にアクセスして学んでいる人と、ほとんどアクセスしない人とでは、どんどん差が広がります。1日数分でも、2年とか3年とかの時間を掛け算すると、これは、大きな差になるのだということを実感しています。

受講生に話を聞くと、決してやる気がないわけではありません。月1回の対面授業の時は、真剣に取り組んでいますし、「勉強したい」という気持ちもあるようです。それでも、毎日の仕事が忙しかったり、疲れていたりすると、「今日はもういいか」になってしまうようです。

これは、自分に置き換えてもよくわかります。noteをもっと頻繁に更新しようと思っても、気がつくと、1週間経っていたなんてざらです。気になる本を購入しても、結局「積読本」になっていることも多いです。

今回取り上げた調査では、60%の人が、「学ぶ」という行動をとっていません。インターネットにつながっていれば、「学習コンテンツ」は無限にあり、学ぼうと思えば、お金をかけずに学ぶことができます。学ぶための環境は、十分に整っていると言えるでしょう。

しかし、無限にあるからこそ、自分に必要な学習コンテンツを探すのは、とても大変なことです。この「探す」という行為にも、多くの時間というリソースが必要です。

普段から学ぶ習慣があると、このコンテンツは良さそうだという勘が働くようになってくるのですが、全く新しい分野について学ぼうとするとき、どこを糸口にすればいいかわからないということもあります。特に、学ぶ習慣のない人は、どこから手をつけていいかわからないということも、十分ありうると思います。

オンライン学習は究極の自主学習

オンライン学習は、究極の自主学習だと思います。

私の場合は、企業からの依頼で、学習の場を提供しているので、受講者全員の状況が把握できます。受講者として登録していても、オンライン学習には、ほとんどアクセスしていないという実態も把握できますから、そこになんらかのアプローチができます。

しかし、一般的なオンライン学習の運営側からみると、そもそもアクセスがない人は、そこに存在していません。アクセスしてきた人の状況しか把握できないのです。これは、オンラインに限りませんが、アクセスしない人の状況を把握するのは、非常に難しいことです。

日本で生活をする外国人の場合、その生活を保障するためには、アクセスできる人だけでなく、アクセスしない/できない人をどのように把握するのかが重要な視点になってくるのではないかと思います。アクセスしない人は、学習意欲がないというわけではないと思うからです。

「育成就労制度」における日本語学習の位置付け

最後に、3月15日に閣議決定された「育成就労制度」について触れておきます。

2024年2月9日に、政府からは以下のような資料が出されています。

技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議最終報告書を踏まえた政府の対応について

この資料を読むと、「育成就労制度」が、特定技能へつなげるための制度として位置付けられているのがよくわかります。そして、「育成就労制度」→「特定技能1号」→「特定技能2号」と接続する際に、日本語試験の合格が要件とされることが明示されています。

ざっと説明すると、以下のような日本語能力が求められます。

  • 就労前:日本語能力A1相当

  • 特定技能1号:A2相当試験合格

  • 特定技能2号:B1相当試験合格

A1は日本語能力試験N5等、A2はN4等、B1はN3等と、それぞれカッコ付きで注釈が入っています。このレベルに合わせて新しい試験が作成されるということも記されています。

何度も書いていますが、「日本語能力試験」は、「読む」「聞く」という2つの技能しか測っていませんから、日本でキャリアを積みたいと考える人のための日本語能力の評価の指標として、適切な試験ではありません。

また、B1レベルは、「自立した言語使用者」と定義されており、日本語能力試験N3とは、全く質が異なると思っています。

さらに、「試験の合格」を在留資格取得のための要件にしてしまうと、「学習」が本人任せとなり、試験のための日本語学習が中心になりかねません。「試験に合格する=試験問題をたくさん解く」という学習方法しか知らない学習者も多くいる中、「育成」のための日本語学習環境をどのように提供するのかは大きな課題だと思います。

仕事をしながら学習を継続するというのは、そう簡単にできることではありません。そもそも、日本人の60%が、自主的に学んでいないという現状がありながら、日本で働く外国人に自主学習を求めるというのも、違和感を感じます。

「学ぶことに価値がある」という意識が醸成されている環境のもとでは、自然と学ぶ態度が養われますが、「学び」に対して消極的な環境の中で、学び続けるのは大変なことだからです。

オンラインで有益な日本語学習コンテンツを提供するというのももちろん大切ですが、学習コンテンツが提供されているからといって、それがすぐさま学習意欲や学習効果に結びつくわけではありません。やはり、学習が継続できる環境構築というのが、重要なのではないかと思います。

これから、「育成就労制度」の法案審議がされ、具体的な制度設計がされていくと思います。日本語教育の地域格差が明らかになっており、住む地域によって学習機会に差があるという状況で、個人のやる気に委ねるのではない、実効性のある制度にしてほしいと思っています。

以上、今回は、「オンライン学習の効果」について考えてみました。最後までお読みいただき、ありがとうございました!

共感していただけてうれしいです。未来の言語教育のために、何ができるかを考え、行動していきたいと思います。ありがとうございます!