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「日本語教師」の解像度を上げてみる 〜国家資格が一人歩きしないために

日本語教育機関認定法」が4月1日に施行されたのに伴って、日本語教育業界では、新しい動きが始まっています。前回記事では、4月1日からの動きをまとめました。

登録日本語教員」という国家資格もいよいよスタートします。(といっても、実際に登録が始まるのは、2024年11月以降の予定です)この国家資格化に合わせて、「日本語教師」の国家資格を取りたいという声も聞かれるようになりました。Facebook等でも、日本語教師養成講座の広告をよく見るようになりました。

「登録日本語教員」という微妙に異なる名称が使われるようになり、認識にズレが生まれているように感じます。そこで、今回は、さまざまなデータをもとに、「日本語教師」の解像度をあげてみたいと思います。


「登録日本語教員」と「日本語教師」

はじめに「登録日本語教員」とは何かについて説明したいと思います。ここでは「登録日本語教員」を、国家資格の名称として扱います。そして、「日本語教師」を職業の名称として区別したいと思います。「登録日本語教員」でなくても、「日本語教師」はできるからです。

「登録日本語教員」になるためには、以下の2つのルートがあります。

  1. 試験ルート

  2. 養成機関ルート

どちらのルートも、文科省が実施する「日本語教員試験」に合格しなければなりません。日本語教員試験には、「基礎試験」と「応用試験」がありますが、1の「試験ルート」は、どちらの試験にも合格する必要があります。2の「養成機関ルート」では、「基礎試験」が免除されます。

「日本語教員試験」に合格したら、文科省が認定した「登録実践研修機関」で実践研修(教壇実習)を受けなければなりません。ただし、2の養成機関ルートでは、養成機関のコースによって、免除になる場合もあります。

全てに合格・修了して、「日本語教育機関認定法ポータル」というWEBサイトに登録した段階で(有料)、「登録日本語教員」となります。

「登録日本語教員」でなくても、「日本語教師」をすることはできますが、文科省が新たに認定した「認定日本語教育機関」で働きたいのであれば、「登録日本語教員」であることが条件となります。

気になるのが、現職の日本語教師の扱いだと思います。まず「現職」の定義ですが、文科省から出されている資料では、2024年4月1日の施行日を基準に、過去5年間、施行後5年間の計10年間に、日本語教育機関や大学で、1年以上勤務した人のことを言います。

現職者には、5年間の経過措置があり(2029年3月31日まで)、基本的に、実践研修が免除されます。どのようなルートで、日本語教師の職に就いたかによって、対応が変わってきますが、長く日本語教師を続けている人ほど、「登録日本語教員」として登録するための負荷が大きいと感じます。いずれにしても、全ての条件を満たした段階で「日本語教育機関認定法ポータル」に登録し、晴れて「登録日本語教員」となります。

日本語教師の養成機関である「登録実践研修機関・登録日本語教員養成機関」も新たに文科省の認定を受けなければなりません。申請は今年の7月から始まり、認定されるのは今年の秋ごろになりそうです。認定以前の養成講座に通っている、もしくは通っていたという人にも、経過措置があります。日本語教員試験の「基礎試験」と「実践研修」が免除になるというものです。この場合、「応用試験」の合格は必至です。

ただし、免除になるのは、文化庁から出されている以下のリストにある養成講座だけですので、チェックが必要です。

必須の教育内容50項目に対応した日本語教員養成課程等

このように見ると、「登録日本語教員」として登録するためには、現職よりも、直近で養成講座を修了した人の方が有利になるかと思います。そもそも「登録日本語教員」は、「養成段階」が修了したことを認める国家資格であり、その後のキャリアやプロセスを対象にしていないためです。

今後、日本語教師が「国家資格」ということで注目を浴びるようになれば、「認定日本語教育機関」以外でも、「登録日本語教員」であることが求められるようになることも予想されます。今後のキャリアを考えると、金銭的な負担は大きいですが、現職であっても早い段階で登録しておくことが重要ではないかと思います。

日本語教師という職業の実態

厚労省の職業情報提供サイトからわかること

次に、「日本語教師」を職業としてみたとき、一般的にどのように認知されているのかを考えてみたいと思います。

「職業」として見るなら、厚労省の以下のサイトが参考になります。

職業情報提供サイト jobtag(厚労省)

このサイトで「日本語教師」を職業検索してみると、「日本語学校のほか、地域、職場などで外国人に日本語を教える」という説明があります。

ここで、「日本語教師」の詳細を見ると、以下のようなデータがあります。

  • 就業者数118,020人

  • 年収493.9万円

  • 年齢45.6歳

就業者数については、2020年の国勢調査、年収や年齢については、2022年の賃金構造基本統計調査をもとにして出されているようです。

就業形態を見てみると、

  • 正規の職員、従業員:47.2%

  • パートタイマー:26.4%

  • 自営・フリーランス:28.3%

という情報が掲載されています。その他にも、大卒が83.0%、修士課程卒が26.4%、博士課程卒が13.2%と、高学歴な印象です。ただし、就業形態も学歴も、合計が100%にはならないので、どういう統計なのかはっきりしませんが、割合を表しているわけではなさそうです。

これらを見ると、普段日本語教育業界で語られている「日本語教師」像と、何か違う印象を受けます。

文化庁の調査からわかること

一般的に、「日本語教師」の実態を説明するときに用いられるのが、文化庁から毎年出されている「日本語教育実態調査」ではないかと思います。そこで、最新の以下の資料をもとに、データを比較してみたいと思います。

令和4年度 国内の日本語教育の概要2022年11月1日現在)

この調査は、国内の日本語教育を行っている機関や団体を対象としています。大学や日本語教育機関(調査では「法務省告示機関」)だけでなく、地方公共団体や国際交流協会なども対象にしています。8,366機関・団体に調査票を配布し、6,048件(72.3%)からの回答をもとにしています。当然、これらの機関に所属していない自営やフリーランスは数に含まれません。

この調査によると、「日本語教師等」の数は、44,030人です。先の国勢調査をもとにした厚労省のデータとは大幅に数字が異なります。(ちなみに、国勢調査が行われた2020年の教師数は、41,755人です)

これは、文化庁の調査が就業形態(調査では「職務」)別に集計されているからです。「日本語教師等」44,030人の内訳は以下のようになっています。

  • 常勤:6,571人(14.9%)

  • 非常勤:15,891人(36.1%)

  • ボランティア:21,568人(49.0%)

大学や法務省告示校には、ほとんどボランティアがいないことが同調査でも示されていますから、全体の半数を占める「ボランティア」は、地方公共団体や国際交流協会に属していることになります。いわゆる地域の「日本語教室」がその対象となります。通常、「ボランティア」を職業とは言いませんので、厚労省の統計とは大きな違いが出てくるのでしょう。

もう一つ気になるのが、調査で使われている「日本語教師等」の「」の部分です。「等」がボランティアのことを指すのかというとそうではありません。

2018年に文化審議会国語分科会で出された「日本語教育人材の養成・研修の在り方について(報告)」では、「日本語教育人材」の役割が以下のように整理されています。

  • 日本語教師

  • 日本語教育コーディネーター

  • 日本語学習支援者

これ以降、それまで「日本語教師」と一括りにされていた役割に「等」という言葉が付け加えられるようになりました。日本語教師は日本語学習者に直接日本語を指導する者」、日本語学習支援者は日本語教師や日本語教育コーディネーターと共に学習者の日本語学習を支援し、促進する者」と明確に定義されています。

しかし、「国内の日本語教育の概要」では、上記の区分けによる調査は行われていません。(「日本語教育コーディネーター」だけは、別の項目が設けられています)

調査をしているわけではないので、はっきりわからないのですが、「ボランティア」の中には「日本語学習支援者」も含まれているのではないかと思われます。

かくいう私も、地域の日本語教室に長いこと「ボランティア」で関わっていました。日本語教育機関の常勤講師と掛け持ちでしたので、いわゆる「プロボノ」という感じです。「日本語学習支援者」ではなく「日本語教師」という認識で関わっていました。このようなケースでは、調査に「常勤」としても、「ボランティア」としても、計上されるわけですから、「ボランティア」と言ってもその実態は多様ではないかと思います。

調査では、「等」の内実が明らかでないにもかかわらず、「ボランティアが全体の約5割を占めている」と書かれていますので、「日本語教師=ボランティア」という印象を与えている可能性もあります。

そこで、「ボランティア」を除外して「日本語教師」の実態を見てみます。「常勤」「非常勤」に絞ると、大学や日本語教育機関に勤務している人が主な対象者となります。

文化庁の調査では、年代別の集計も出ています。50〜70代が、全体の半数以上を占め、高齢化が進んでいる印象です。しかし、「ボランティア」の多くが60代以上であることを考えると、ボランティアが高齢化しているだけであって、現役の常勤や非常勤の実態とは異なるのではないかと思いました。

実際に、ボランティアを除いて、数字を見直してみると以下のようになります。

  • 常勤 :30代(20.8%)40代(26.9%)50代(23.1%)60代(13.1%)

  • 非常勤:30代( 9.9%)40代(21.5%)50代(27.5%)60代(25.1%)

これを見ると、常勤は、30〜50代が多く、非常勤は、40〜60代が多いのがわかります。常勤として活躍している「日本語教師」は、現役世代が多く、先の厚労省の統計と近づいてきた感じがします。「日本語教師は食えない」ともよく言われますが、これを見ると、職業として成立しているのではないかと思います。

一方で、「非常勤」が常勤より大幅に多いのも事実です。主体的に「非常勤」と言う就業形態を選んでいるのか、「常勤」になりたいけどなれないのかによって大きく変わってきますが、日本語教育人材が足りないという状況ですから、常勤勤務を希望するのであれば、今後は「登録日本語教員」となって、「認定日本語教育機関」に応募すれば、常勤職を得やすくなるのではないかと思います。

日本語教育コーディネーターの実態

「日本語教育人材の養成・研修の在り方について(報告)」では、「日本語教師」の熟達段階についても説明しています。図にすると以下のようになります。

「日本語教育人材の養成・研修の在り方について(報告)」を元に作成

「登録日本語教員」は、養成課程を終えた段階であり、「日本語教育コーディネーター」は「日本語教師」よりさらに、熟達度の高い役割を担っています。実際に、日本語教育機関の主任教員は、5年以上の日本語教育歴が求められます。「日本語教育人材の養成・研修の在り方について(報告)」では、「日本語教育コーディネーター」を以下のように定義しています。

日本語教育の現場で日本語教育プログラムの策定・教室運営・改善を行ったり、日本語教師や日本語学習支援者に対する指導・助言を行うほか、多様な機関との連携・協力を担う者

組織の中では、ミドルマネージャー的な役割が求められますが、職業としても高い専門性が求められています。

文化庁の調査では、「日本語教育コーディネーター」の現状についても、調査結果が報告されています。調査によると、「日本語教育コーディネーター」の数は、790人で、その多くが地方公共団体や国際交流協会に属しています。

ただし、就業形態を見ると以下のようになります。

  • 常勤:264人(33.4%)

  • 非常勤:305人(38.6%)

  • ボランティア:179人(25.8%)

このような高い専門性を持ち、組織に対する責任も重い人材が、常勤ではなく、非常勤やボランティアであるという点に驚きます。業務内容を見ると、ボランティアであっても、企画・運営や養成・研修を行っているという回答もあり、「プロボノ」だとしても負担が大きすぎるのではないかと思います。

日本語教師のキャリア形成のために

以上「登録日本語教員」という国家資格がスタートするのを機に、これまで出されているデータを元に「日本語教師」の解像度を上げる試みをしました。

これまでみてきたように、「日本語教師等」の「等」には、「日本語教育コーディネーター」と「日本語学習支援者」の両者が含まれています。また、「日本語教師」には、さまざまな就業形態や熟達段階があります。にも関わらず、データでは、「日本語教師」という括りで、すべてが一緒くたに語られている印象です。

先に述べたように「登録日本語教員」は、養成段階が修了したことを証明する資格ですから、然るべき養成講座を終えたばかりの人の方が資格の取得に優位に働きます。養成課程では、1回45分以上の教壇実習を2回行うことが規定されていますが、それだけで「日本語教師」の仕事が十分に担えるわけではありません。「登録日本語教員」の資格を取得した後のキャリアが非常に重要です。

また、「日本語教師等」の5割近くが「ボランティア」であると報告されることによって、さまざまな段階にある日本語教師が一括りにされ、ボランティアで構わないという印象を与えているようにも感じます。「日本語教育実態調査」が、逆に「日本語教師=低賃金」とミスリードしてしまっている可能性も否めません。

「登録日本語教員」という国家資格ができることは、「日本語教師」という職業の社会的な認知を高めるために、大きな意味があると思います。しかし、一括りに「日本語教師」と言っても、その内実は、かなり多様であることをもっと対外的に周知していく必要があると思います。

今のところ、「認定日本語教育機関」で働くのでなければ、「登録日本語教員」は必要ないという言い方がされていますが、「国家資格」には社会的なインパクトがあります。「国家資格を取りたい」という人も増えてくるでしょう。「認定日本語教育機関」以外の採用条件に国家資格が加えられることも出てくるのではないかと思います。

「国家資格」だけが一人歩きすることなく、中身と待遇が見合った形で認知されるようにしなければなりません。そのためには、業界の外にも、日本語教師育成のための仕組みの必要性や日本語教師のキャリア形成について、理解を求めていく必要があると思っています。

今回も、最後までお読みいただき、ありがとうございました。

共感していただけてうれしいです。未来の言語教育のために、何ができるかを考え、行動していきたいと思います。ありがとうございます!