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なぜ今、プロジェクト型言語教育が必要なのか?

今回は、プロジェクト型言語教育について考えてみたいと思います。

私は、2020年3月までITエンジニアを育成するというコンセプトで運営していた日本語学校で日本語教育を担当していました。
(諸事情あり、この日本語学校は、現在休眠中)

4月にこの学校を離れ、フリーランスとして働き始めましたが、新型コロナウイルスの影響で、急激にオンライン化が進み、いきなり激変の渦中に放り込まれました。実際にいろいろと試行錯誤しているのですが、考えれば考えるほど、これまで行ってきたプロジェクト型の言語教育は、不透明なこれからの社会にこそ、必要とするものだったと実感しています。

今日は、タイトルの通り、「なぜ今、プロジェクト型言語教育が必要なのか」ということについて、これまでの経験も交え、考えてみたいと思います。

ITエンジニアに求められる力とは何か

はじめに、私がなぜ、プロジェクト型の言語教育をやろうと思ったのかというところから整理してみたいと思います。といっても、ここにたどり着くまでには、紆余曲折があり、初めから「これしかない」みたいな感じで、スパーンと決断したわけではありません。(この辺の話も書くと長くなるので割愛しますが、従来の日本語教育から抜け出すには、かなり葛藤がありました)

ま、この辺の話は置いといて…

ITエンジニアのための日本語教育を担当するにあたり、まず、ITエンジニアに必要な考え方や働き方を考えるところから始めました。実際には、走り出してから、徐々に理解を深め、軌道修正していったのですが、改めて開校時に打ち出したカリキュラムを振り返ってみても、基本的な考え方はブレていません。むしろ、実際に運営しながら、やっていることに確信が持てるようになってきたという感覚です。

この辺の試行錯誤も踏まえ、言語教育という視点から見たITエンジニアに求められる力は、以下の3点に集約できるのではないかと思っています。

 1. 新しい技術を学び続ける力
 2. チームで開発する力
 3. わかりやすく説明する力

以下に、もう少し詳しく説明します。

1. 新しい技術を学び続ける力

これは、ITエンジニアの宿命と言っていいのかもしれませんが、IT技術は、日々進化しています。プログラミング言語も、常に新しいものが出てくるので、日々最新の情報にアンテナを張り、少し先を見据えながら学んでいくことが求められると感じました。そのためには、自分自身で最新情報にアクセスすることが必要です。誰かが教えてくれるのを待っているだけでは、どんどん取り残されてしまいます。

2. チームで開発する力

この事業に関わる前は、プログラマーとは、真っ黒な画面に向かって、一人黙々と作業をするというイメージでした。でも、実際には、一つのプロダクトを一人だけで製作ことは稀で、かなりのチームワークが求められるということがわかりました。また、フロントエンド、バックエンドなど、自分の得意とする分野もあるので、それぞれの得意分野やアイデアを生かせれば、思いも寄らないクオリティの高いものができるのだということも実感しました。

ということは、チームメンバーと綿密にコミュニケーションをとり、いかにして協働で作業を進めていくのかということが非常に重要になります。

3. わかりやすく説明する力

2にも関連しますが、チームで開発するときは、プロジェクトがどの方向に向かって進んでいるのか、全員が同じ方向を向いているのかをお互い確認する必要があります。また、自分がどんな考えを持ち、どのような状況にあって、どんなところでつまづいているのかなどをチームに対して説明することも必要です。これらに対応するためには、自分の考えを言語化する力が必要だと感じています。(自然言語、プログラミング言語どちらにおいても)

さらに、これだけIT技術が日常生活の中に入り込み、必要不可欠なものになってくると、専門的な技術の話を専門家だけがわかる言葉で話していても、共感を得ることができません。「なんか難しそう」で終わってしまいます。どんなに技術的に素晴らしいものであっても、使ってもらえなければ意味がありません。と考えると、専門的なことを一般の人にもわかりやすく伝えるということも重要になってきます。

以上のように考えると、2、3については、言語運用能力が必要不可欠であることがわかります。また、1についても、最新の情報にアクセスし、情報を理解した上で、その情報の真偽を判断するプロセスには、高度な言語能力が問われます。通常の文法や専門用語を覚えるという形式の言語教育では、これらの力を養うことに対応できないのではないかと思いました。

ITエンジニアのようにITリテラシーが高ければ、文法や語彙については簡単に調べたり、練習したりすることができます。自分たちでできることを限られた授業時間内で行うのは、効率が悪い。また、正しい語彙や文法を使っても、それが正確に相手に伝わっているとは限りません。それなら、教室に集まって協働でやるからこそ意味があることは何かという発想で考えた時、「プロジェクト」という形に行き着きました。

実際に、ITエンジニアは、プロジェクトという形で、チームで一つのプロダクトを製作しています。それだったらなおさら、「プロジェクト型」の言語教育にすればいいのではないかと思ったわけです。

プロジェクト型授業における言語教育の役割

実際にプロジェクト型の授業を進めてみると、これはもう、言語教育そのものだ、という感覚を得ました。

先の日本語学校は、1年半のコースを設けていましたが、この1年半の間に、アイデアベースのものから、実際に開発をしてプロダクトを製作するところまで、段階を踏んでプロジェクト活動ができるようにカリキュラムを組んでいきました。また、習熟度が低くてもプロジェクトが成り立つように、日本語の習得過程に合わせて、実施可能なタスクを組み込んでいきました。

日本に来て、まだ日常会話がままならない状態から、いきなりプロジェクト活動を始めるので、「授業中は日本語だけで」というわけにはいきません。母語でも、英語でも、テクノロジーでもなんでも使用して構わないということにしました。

この辺はいろいろと考え方があると思いますが、一人一人異なる考え方やアイデアを一つの形にまとめる、さらには、そこから新しいものを創造するというプロジェクトでは、否が応でも、それぞれの考え方や立場の理解、すり合わせが必要になってきます。まさに、この理解し合ったり、意見をすり合わせたりする活動が「言語活動」の本質ではないかと思っています。言語を使用するということにおいては、母語だろうが、外国語だろうが関係ないと思うのです。

そのため、アウトプットを徹底的にやることにより、「言語化」することを意識しました。
・自分の考えをポストイットに一言で書く
・ポストイットに書かれた複数の内容を一つにまとめる
・自分の考えをイメージとともスライドににまとめる
・調べたことのポイントをスライドに整理する
・本で読んで理解したことを紙1枚にまとめる
・思考の流れをスライドに整理する
・スライドをもとに説明する
・フィードバックを整理してまとめる

こんなことを、一人で、ペアで、チームで、クラス全体で、徹底的にやりました。伝えたいことは、その場でGoogle翻訳を使うか、人に聞くか、検索するか… とにかく、ありとあらゆる手を使って言語化していきました。

このように、自分が考えたこと、言いたいことを、言語化するという作業を繰り返し、自分が伝えたいことをベースにして、日本語を習得していったように思います。そこで学んだ日本語は、すべてが、その時の学生にとって、必要な「ことば」だったと思っています。

言語教育では、アウトプットよりインプットが重視されますが、いかにアウトプットするのかということをもっと考えるべきだと思っています。そして、このような言語活動の場を作ることが、言語教育の役割なのではないかと思うようになりました。

今後の言語教育にプロジェクトが必要なわけ

この「プロジェクト型言語教育」を経て、私は今、文法を解説したり、ことばの意味の違いを説明したりすることにあまり興味が持てなくなってしまいました。もちろん、助詞の使い方を間違えると、全く意味が変わってしまうこともありますし、言いたいことを正確に伝えるには、文法を適切に使うことも必要です。ただ、それが、目的にはならないだろうと思っています。

今、社会が大きく変わろうとしています。この先、産業構造や働き方が変わっていくだろうということはなんとなく想像できるのですが、どのように変わっていくのかは、現時点では全く想像できません。

このような不確かで先が見えない状況だからこそ、どのような生活を送りたいのか、どうすればより良い方向に進むことができるのかを、一人一人が考え、アイデアを出し合い、新しく創造していくしかないのではないかと思います。誰かが考え、教えてくれるのを待っているだけでは、取り残されてしまうと思うのです。

そのためには、やはり、これまでやってきたプロジェクト型言語教育が一つの鍵になるのではないかと思っています。次に何が起こるのかという最新情報にアンテナを張り、的確に情報を読み取っていくこと、自分の考えやアイデアをきちんと言語化し、周りの人とシェアしながら、新しいものを創造していくこと、このようなことが言語教育という分野でできることに、私は、言語教育に関わるものとして希望を感じています。


新しい日本語教育の現場に関わることになり、ここ2ヶ月ほど、オンラインの授業を中心に行っています。オンラインの授業では、今学習者が本当に伝えたいことはなんだろうということがうまく読み取れず、今までの言語教育とのギャップもあり、少し停滞気味になっています。でも、今までやってきたことを振り返り、やっぱり、プロジェクト型の言語教育に挑戦していきたいなと気持ちを新たにしました。ワクワクすることを創造していきたいと思っています。


今回は、「プロジェクト型言語教育」について振り返ってみました。まだまだ挑戦は続きそうです。
最後までお読みいただきありがとうございました!

共感していただけてうれしいです。未来の言語教育のために、何ができるかを考え、行動していきたいと思います。ありがとうございます!