部屋の掃除などすると心も洗われる感じ

 にあんまり納得がいっていない。のはたぶん僕が長年掃除を真面目に取り組んだ事がなかったからだと思う。掃除といえば親が当時小学生の僕を叱るための言い訳、大義名分みたいに思っていた。掃除ってどうしたら完成するのか、当たり前に知らない僕がおかしいのか、それについて考えていたらずーっと時間が無限に過ぎていき、遠い世界に行ってしまえたと思ったらまた「次のやるべきとされることがある場所」へ行かなきゃなんない。みたいに思っている。つまり僕にとって掃除は読めない言語で書かれた双六のマスみたいなものだ。

 時は経って、一人暮らしを初めてから友人の部屋で少し泊まってみて掃除するところを見たりして。みんなどこで気づいたんだろうな。きっと最初から知ってたとかでもなく、環境がよかったから、みたいな僕の妬み交じりな言い訳じゃ説明できないくらい感動的な光景を目の当たりにして今につながっているんだと思う。

 やってみせ、聞かせてみせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。

 俺は父さんに掃除をするところを見てもらって褒めてもらって覚えたよ。なんかみんなありがとうね。

 爪噛み癖もなくなって、指摘してくれた友達にみせて、いいじゃんみたいなことを言ってもらって続けられてる。爪って意外と伸びるのはやいね。

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