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悲しみ、苦しみ、怒り、諦めが詰まって

人生に事件が起きない人と起きる人がいる。前者は囚われがない人で、後者は囚われがある人である。囚われがある人には、悲しみ、憎しみ、怒り、諦めが詰まっている。

健やかな環境で育った人がいる。囚われがない人に囲まれて育った人だ。そういった環境で育った人は、いじめられた経験がない。お金でも苦労しない。好きなことができ、それを真っ直ぐ応援してもらえる。何かうまくできなければ、そんなこともあるよ。と周囲は言う。どうするのがいいと思う?と相談すると、自分が良いと思った形がいいと思うよ、と周囲は言う。その人を無条件で信じている。どういった形となっても、愛している。それがいいと思う。

一方、困難のある環境で育った人がいる。囚われがある人に囲まれて育った人だ。囚われがある人に囲まれると、生活するだけでも大変である。囚われがある人の機嫌を取らないといけない。理不尽なことを言われる。暴力・暴言をふるわれる。お金でも苦労する。好きなことはできない。何かと決めつけられて強要される。何かうまくできなければ、それはあなたが悪いと周囲は言う。どうするのがいいと思う?と相談すると、〇〇できないといけない、〇〇しなければならないと言う。その人を支配しようとする。囚われがある人が安心する形にしようとする。それはお節介な形であるかもしれないし、冷酷な形であるかもしれない。恩着せがましい形であるかもしれないし、何かと不機嫌な形であるかもしれない。何か逸脱することを許さない。まるで道具のように扱われる。

困難のある環境は、生まれた頃からあった。避けられなかった。その結果、悲しみ、憎しみ、怒り、諦めが募る。人生なんて大変なんだと思う。気づけば周囲には囚われのある人に囲まれている。不安なので、このままではよくないと思う。囚われのある人にこたえてしまう。こたえると搾取される。決めつけられる。状況は悪化していく。

一方で、隣を見れば健やかな環境で育った人がいる。囚われのない環境で育つと、成長の過程で囚われができることもあるが、すぐに手放すことができる。自分は大丈夫と思っているから、ある形に固執するようなことはしない。人間関係もうまく行く。穏やかな生活を送る。

人生で最大の困難は、囚われのある人から逃げることである。しかし、囚われがある人に囲まれて育つと、そこから逃げることは容易ではない。相手は甘えられなくなるからと、こちらが逃げようとすることを敏感に察知する。いい顔をしてそこにいさせようとする。変わることを許さない。

悲しみ、苦しみ、怒り、諦めを溜めてきた場合、それは大変なサバイバルを切り抜けてきた証である。そのイベントは避けることはできなかった。避けることができなかったなりに、ベストを尽くした。自分が犠牲になることで、なんとかここまで生き延びてきた。

健やかな環境が良い、困難な環境が悪いというわけではない。囚われがある人に囲まれたかどうかで、そこに良し悪しはない。困難な環境であると、サバイバル能力が身についている。周囲の状況をいち早く察知できる。ただ、大変な困難だったことは事実である。

悲しみ、苦しみ、怒り、諦めが詰まって、日々疲れている場合、ひとりになることである。誰かに話したりしなくていい。自分の大変であった過去を振り返らなくていい。ただ、今安心できる環境に身を置いて、ゆっくりと休むことである。あの時は周囲にこたえていたかもしれないが、今はひとりである。誰にもこたえなくていい。頭や身体を空っぽにすると意欲が湧いてくる。その意欲に応えていると、囚われのない人になれる。

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