不妊治療の現実、葛藤、小さな幸せ
前回のnoteから月日が経ってしまった。
いろんな理由はあるが、
言い訳にしたくないからどうでもいい事にする。
最近は、コロナの影響でお家時間が増えた。
もともとお家が大好きな私は、
特にストレスを抱える事なく楽しく過ごしている。
今世界を取り巻く無言の不安な波は恐ろしいものがあるけど、誰かがいっていた「すこしはゆっくりしたら?」という空からのメッセージでもあるのかもしれないと受け取って、前向きに日々過ごすようにしている。
私は幸いにも?仕事を続けることが出来ている為、コロナ前とはあまり状況はかわらない。たまに早く帰る時や、在宅ワークができる時間が週に数時間出来たくらいだ。
そういえば、先月3月から初めて人工授精をはじめた。
そういえばと軽く話すべき事でもないのかもしれないけど、今はそんな気分だ。
早く結果を言うと、今回授かる事は出来なかった。
予定よりもだいぶ早い生理前の調光がきて、
「ん?逆にこれは?」と軽い期待感があったが、
後に、あっさりとその期待は裏切られた。
少し期待したせいで落ち込んだ。
けど落ち込んでも状況は変わらない。
すぐにスマホで受診の予約を入れる。
当日だというのにどの時間枠もガラガラだった。
病院につくと、
申し訳無さそうに看護師から最初に説明をうけた。
日本生殖医学会から、現在は積極的な不妊治療を推薦しないとの声明がでたという。
確かにそうだ。
多くの感染者がでて、まだワクチンも治療薬もない、パンデミックにまでなっている現状で、積極的な不妊治療をすすめるのは明らかにリスクだ。
どこかでわかっていたのに、そんな事など頭にはなく予約して受診していた自分を考えると、生理が来たことに案外深く落ち込んでいたのかもしれない。
私は、PCOSのけがあるといわれ、生理が来たら毎回レトロゾールを内服して卵の成長を促していた。
看護師から説明を受けた時に、リスクを承知で行うかどうか旦那と相談したい、だからとりあえず薬だけもらってゆっくりと考えたいと伝えた。
正直、受診するのは面倒だとおもったからでもある。
面倒くさがりの悪い癖が出た。
その後すぐに診察室に呼ばれた。ガラガラだったからはやい。さっきの部屋では、どうやら私の次にきていた女性も看護師から同じ説明をうけているようだった。
診察室にはいると、院長ではなく非常勤医師だった。
そういえば最近非常勤医師ばっかりあたる、院長に相談したいのに。
その非常勤医師は、きっぱりと、
今の時期は薦めない事、それでもやりたければ検査して内服も出すこと、内服を出したところで今のまないなら意味はないのでは、とはっきりといった。
想像していた通りの答えだったけど、あまりにもストレート過ぎて、その場で涙が少し浮かんだ。
言葉にできない悔しさ、いろいろな感情が溢れてきた。
なんとなくその場にいた看護師も冷たく感じる。
余計なそんな状況が、不安を、悔しさを倍増させた。
必死に涙をおとすまいとこらえつつ、
聞こうと思っていたことを聞いた。
とりあえず旦那と相談したい、だから内服薬はほしい、けど今月つかうかわからないから薬はどのくらい保存しても大丈夫か?と。
しかし非常勤医師は容赦しない。こちらの不安や感情なんで無視しているように、同じ言葉を繰り返す。
私も頭の中ではわかっていた。
また落ち着いてから人工授精を再開すればいい、逆にこの時期をゆっくりと不妊治療のストレスから離れて愉しめばいい、面倒臭がらないでまた生理がきたら受診にくればいいんだから、と。
しかし、私はその時の感情が、心が、
必死にその頭に抵抗していた。
どこか、慰めの言葉を欲していたのか、優しさを欲していたのか、僅かな可能性でいいから残してほしかった。
早く授かりたいという焦りと、せっかく人工授精を決断しステップを踏み始めたのにまた待た無くてはいけないのかという悔しさと共に、そんな感情たちがぐるぐると回っていた。
気がつけば、院長に質問したかったことをその非常勤医師に話していた。もちろん知らない、看護師もカルテを確認するが、わからないと。
そりゃそうだ、私と院長が以前話したはなしだ。
話というより口約束だ。
私はハッと理性というものを取り戻し、
わずかな笑顔を振り絞り平然を装った。今回は助言通りスキップして、コロナが落ち着いてからまた受診することを伝え、診察室を足早にでた。
会計が終わるまでの待合室、
はやく抜け出したくて仕方なかった。
さっきまでは堪えられていたはずの涙が、頬を伝わってきて止まらない。生憎、マスクをしていたから少しは隠れただろうが明らかに目は赤く腫れていた。呼ばれると、目を合わせないように会計をすませ、病院をあとにした。
その後の車の中、家までの40分は声をあげながら泣いた。
なんとも言えない悔しさ、現実、不安。
すべてが一気にこみ上げてきた。
頭ではわかっている、何が最善か。
しかし、心がそれに追いつかない。
あぁ、不妊治療って、子供を授かるってこんなに大変なことなの?
誰よりも健康、だと思っていた。
誰よりも食生活に気をつけている、と思っていた。
私は三人兄弟だし、姉はいとも簡単に二人も立て続けに子供を授かっており、遺伝的な要因はないはずだ、と思っていた。
小さい頃から体を動かすのが好きで、運動神経もいい。
スポーツ大会ではいつもトップだった。
それなのになぜ、こんなにも苦労するのか。
巷では、明らかに私より
不健康そうで、不摂生そうで、子供を欲しがってすらいない人たちがいともたやすく子供を授かっている。子供を邪魔扱い、文句を口にする人さえいる。
そんな人達はすぐに授かっているのに、それなのに、なぜ。
運命とは本当に残酷だ。
そんな事を考えている自分にふと気づき、私はこんなにもひねくれたのか、とまた自分が嫌いになった。
最悪なネガティブな世間の見方、何も知らないのに決めつける、色眼鏡で判断する。そんな私が一番嫌うことを、自分がしていた。
自分に嫌気が差して、悲しくて涙が止まらなかった。
あぁ、自分はこんなにも腐っていたのか。
散々ネガティブなことが頭を巡っているうちに、家についてしまった。
夫は在宅勤務のため、家にいる。
生理がきて受診しているのはメールしたから知っているから、せめて心配させたくなかった。
私は車のなかでしっかりと涙を拭い、深呼吸をして笑顔の練習をしてから家にはいった。
しかし夫はすぐに気がついた。
平然を装おうとする私をよそに、すぐに抱きしめた。そんな優しさが逆に苦しく、さらに悲しさをこみ上げさせた。
やるせない気持ち。こんなにも協力的で、優しくて。苦労人だからか、にじみ出る優しさに溢れ子供好きな夫。そんなことを思うと余計に辛かった。
しばらくは言葉がでず、夫の胸の中で泣いた。
それから、自分の心が落ち着いてからすべてを話した。
期待していたこと、受診した事、その後の帰りの車の事、頭ではわかっていたけど心がついていかないこと・・・。夫は何も言わず、じっと手を握りながら、こちらの目をみながら静かに聞いてくれた。
結局、私には言葉はいらなかった。
じっとそばに寄り添ってほしかった。
そんな事をきっと夫は理解していたのだろう。
すべてを話したあと、
なんだか重たいものから開放された気がした。
30分前の自分とはまるで別人のように、
なにか清々しくもあった。ふっきれた。
私はぐしゃぐしゃな顔を洗い流すべくシャワーを浴びながら、そのスッキリとした頭と心でもう一度現実と向き合った。
もう、そこには弱い、腐った私はいなかった。
むしろ、今から何ができるのか前向きに考え始めていた自分がいた。
きっと、この先もまた壁にぶつかっては落ち込み、弱り、腐ることはある。
けど、こうやってゆっくりと、正面から自分の頭と心と向き合って、ひとつづつ乗り越えていけばいいのだ。
目の前の小さな幸せを見逃してはいけない。
子供を授かることは大きな目標だ。
だけどそれがすぐに現実にならないからと言って、全てが最悪でも、人生おわる訳でもない。
大きく深呼吸をして、
人と比べることなく
身の回りに転がる小さな幸せをみつけて、
またできる事からこつこつやっていこうじゃないか。
いつか子供を授かったら、
こんな苦労話をすることもまた、私の目標の1つに加わった。