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主婦とヤクザによる襲撃強盗――小川勝己『葬列』を語りたい

 小川勝己さんの『葬列』を読み終わったばかりなので、語りたい熱が全く収まりませんでした。感想を書きます。


葬列とは

――これが私たちの戦争なんです――横溝正史賞大賞受賞作!
社会にもてあそばれ、運命に見放された三人の女と一人の男。逆転不能の状況のなかで、負け犬たちは、とっておきの作戦を実行した。果てなき欲望と本能だけを頼りにして――。

 葬列は小川勝己さんによるデビュー作です。2000年の第20回横溝正史ミステリ大賞をこの作品で受賞してデビューしました。

 私はこの葬列の前に『彼岸の奴隷』を読んでドハマリしました。そして、小川さんの作品もっと読みたい! という意欲が増し今回の作品を手に取りました。2作に共通することも交えつつ、葬列の感想を書きたいと思います(ネタバレはしないように頑張ります)。


暴力描写&アクションシーン満載のクライムノベル(犯罪小説)

 葬列を言ってしまうとこれに尽きます。

 犯罪小説でもあり、いわゆるノワールです。

暗黒小説、フィルム・ノワール
- 小説、映画の一分野。人間の悪意や差別、暴力などを描き出している。闇社会を題材にとった、あるいは犯罪者の視点から書かれたものが多い


 主人公となる人物は4人。障害を持つ夫と暮らす主婦・明日美、明日美をマルチ商法に巻き込んで整形手術で老いをごまかす女・しのぶ、弱気な性格だが先輩に断れずヤクザに入ってしまった男・史郎、自分が生きているという感覚が喪失している女・。最初はバラバラの人生を歩んできた4人が出会い、明日美が勤めているラブホテルの社長のところに襲撃し金を奪おうと画策します。

 作中で描かれる事件は上記の襲撃だけではありません。

 史郎が4人組を組む前にあった騒動、史郎が入っている九條組と他の組との抗争も描かれます。ヤクザのキャラクタ描写も容赦なくて好きです。
 序盤で外で組の名前出して威張り散らす若いやつを折檻するシーンがあるのですが、思わず口に手をあててしまうくらい強烈です。爪楊枝を口に入れて思いっきり殴るって……。想像できてしまう痛みの描写があるのがいいですね。

 (暴力描写+残酷描写は『彼岸の奴隷』のヤクザ・八木澤ほどではないのでご安心を)

 ラブホテル襲撃以降も大きな襲撃シーンが加わり、それがクライマックスになります。ここは本当に気持ちいいくらいにドンパチやり合います。作中でも「戦争」という例えが出てきますが、まさしく戦争です。
 たくさん銃撃ちますし、血もびちゃびちゃ飛びます。

 暴力や銃撃シーンだけではありません。ミステリの賞を関するだけあって、ラストのラストを超えた先に驚きもちゃんと用意されています。銃撃戦に盛り上がって気を取られると、それまでに起こった「謎」につながる要素をうっかり忘れてしまうかもしれないのでご注意を。


登場人物の不安定さと、そこから醸し出される狂気

 主人公たちは襲撃強盗しようと、しっかりと計画を立てて遂行します。が、時々(特に明日美)は普通の心理状態にふと戻ったりします。死体に驚いたり、殺してしまうことに抵抗感抱いたり。
 この不安定さが小川勝己作品の特徴だと思います。明日美としのぶは、まだどこか常識から振り切れていない存在として描かれています。元から振り切れている渚と、あることがきっかけで箍が外れてしまう史郎とはうまいこと対になっています。

 『彼岸の奴隷』の蒲生もそうなんですが、精神的な危うさや不安定感を書かせると小川さんは抜群に上手いと思っています。
 あるときはこうだけど、別なときは変わっているみたいな、一本芯が通ったキャラではないところが、犯罪を決行しているときの思い切りの良さとのギャップで、不気味さを醸し出しています。

 上で書きましたが、反対に渚はかっちりと芯が通ったキャラクタに仕上がっています。ある事件がきっかけで(これもまた酷く残酷な話なんですが……)、現実に自分が生きているという実感とリンクするような体験に見舞われます。襲撃計画も渚がメインとなって行われます。ずっと冷徹に犯人を処理していく姿は、やっぱりかっこいいですね。
 最後まで読んだ結果としては、渚はかなり好きな人物になりました。


桐野夏生『OUT』との関連

 途中まで読んで感じたことは「OUTに似た雰囲気があるなあ……」ということでした。これ、私だけじゃなくて巻末の書評で書評家の茶木則雄さんにも触れられていました。

 平凡と思われた主婦が何かをきっかけにして犯罪に手を染める。
 OUTに似た部分はあるんですが、OUTのようなじっとりとして徐々に沼の底に沈んでいくような作品ではないので、それを期待すると少し違うなあってなるかもしれません。
 こちらは、銃弾をぶっ放したりする現実の延長線からもっと向こう側に飛び越えるようなストーリーなので、どこか爽快感があります(悪い人もバンバン死ぬしねw)。
 茶木さんの言葉をお借りすると、渚というキャラクタの存在が作品イメージに強く影響しているのだと思います。渚の存在の有無で、現実に根ざした社会派ミステリではなく、血と銃弾が飛び交うノワールに昇華できたのではないかと考えます。


感想を書いての感想

 あまり小川さんは注目されることがない作家さんなので、どうしても「この作品の良さを知ってほしい!」という熱意がこもってしまいます。私自身がけっこう判官贔屓なところがあるのも大きいのかな……。

 ただ、やっぱりというか9割くらいの人は「いやちょっと……」って拒否されてしまう作風だと思います(暴力もあるし、血もビチャビチャ飛び散るしね)。

 しかしながらも、刺さる人にはものすごく刺さる(主に自分)ような作品だと思うので、どこかにいる潜在的小川ファンが、小川勝己作品と出会うことを願うばかりです。

 (書いていて『彼岸の奴隷』も読み返したくなってきた……)

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