Radio Killed the Radio Fans(ラジオスキーの悲劇)

好きだからこそ、相容れないものがある。
皆さんにも御座いますでしょう?
マット敷いて試合するプロレス、芝居が鼻につくうえ露骨に大きなお友達を狙い撃ちにした新しいウルトラマン、解散や生活を首っ玉にぶら下げたアイドルやプロレスラー。
そして好きなはずの深夜ラジオに来る、自分とは絶対に相容れない奴からのメール。

長い事、伊集院光 深夜の馬鹿力を殆ど専門に聞いてた弊害がコレだと思う。
要するに好きだからこそ、そこで自分の求めていないものが跋扈するのが気に入らないのだ。そんなもんは番組やTwitterにぶつけても良い事無いので、ココで吠えている。
私の場合はコレなのだ。そして皆様にももしあれば、ココにコメントでもTwitterのリプでもなんでも書いてくれたらいい。
知らんがな、と思ってそれでオシマイにするので。
感想やコメントは嬉しいが、何も過剰に持ち上げて賛美してヨイショするだけが同意じゃない。私なりのやり方で返答するつもりだ。来なきゃ来ないで、大っぴらにならなくて良かったと胸をなでおろしたり腹をさすったりチンコをシコシコしたりするだけだ。
(最近、シコシコ星人の別嬪さんにフォローして頂いたので忖度している)

いくら好きでも全部一緒くたにされるのは勘弁願いたい。

昔、バイトしてたお店でも
「佐野君ロック好きだよね?」
と言って渡されたフライヤーに書かれていたのが、悉く当時の私がケツ拭いた紙だと思ってた連中だったり
プロレスが好きだ、と言うとヘタクソな自論や喋りを延々している俺のYouTubeを見ろ、とかいう失礼極まりないDMが慇懃無礼な文章で送り付けられたりする。
私のこの文章も同じで、小説も文章もエッセイも読むのは好きだが、お前の無駄話に費やす目玉と時間は無いんだよ、と言われれば返す言葉も無いし時間も目玉も返してやれない。

プロレスっていえば私はアメトークのプロレス芸人も大嫌いで…あんなもん見てTwitterでタグやら選手の写真に関連付けまでしてワーキャー言えるうちは、地獄の一丁目に片足突っ込んだくらいなんだろう。根暗ニンゲンの他人への妬ましさ、自分の好きなジャンルで自分が絶対に口を挟んだり仲間に入れてもらったりすることすら出来ない場所で盛り上がってる連中への謂れなき攻撃意識をナメないでほしい。誰もナメとらんが。

生観戦や配信、イベントに参加して呟いたり楽しんだりするのはわかるよ。
でもアカの他人が自分の好きなものに対して勝手なこと言って、しかも浅学や誤解も多いなかで訂正もままならないとなると…そんなもん娯楽じゃないだろ。
スネ夫の自慢話を聞いてるのび太君の気持ちになってみろよ。

でラジオ。
私もガキの頃から深夜ラジオが楽しみだったニンゲンで、今でも欠かさず聞く番組があるし、ネタを書いて送ったり、ごくたまに読んでもらえたりしている。
でも、そんな好きなラジオ番組でも、どうにも受け入れがたいものってあって。カドが立つんで具体例なんか出したって何一つイイコト無いんだが言ってしまえ。
ちょっと前までは、馬鹿力で伊集院さんもお気に入りだった
すっとぼけ古市カルタ
アレ、嫌だった人いるんじゃないか。いて欲しい。何が面白かったんだあんなもん。
金八先生の教えカルタがキツかったのは、私が個人的に金八先生大嫌いだから、って理由があるからまだよかった。けど古市カルタはホントに自分のツボを外してるだけで誰にも何も言えないんでキツかった。

最近だとファーストサマーウイカさんのオールナイトニッポン0が大好きで毎週欠かさず聞くようになった。各方面、芸能界にもリスナーにもゲストや制作側にも、必要とあらば媚びつつもキチンと失礼ぶっこいているところが特に。
媚び方も上手いというかバランスがいいというか…この人、愛される人だな、と思えて素直に応援したくなる。ラジオの魅力を最大限に活かし、イメージの恩恵を受けつつも最後の最後で愛嬌のある所がポロっと出る。
ミナミの飲み屋さんで隣に居たお客さんと仲良くなって喋ってみたら凄い面白い人だった
って感じだ。
でも、盗聴ファーストサマーウイカで流行してるネタでいっこ、キツイのあって…それがどうにも。
それ読んで笑ってるウイカさんのことは大好きだけど、書いて送って寄越す奴と自分が同じ深夜ラジオリスナーだとはとても思えない。

自分の趣味嗜好がマッドでダークでアングラだとは思わないし、そんな悦の浸り方をする趣味こそ無いのだが、あの局のあの時間帯のあの番組たちが向いてる層、と言う中にハッキリ自分の居場所は無いんだなと改めて思い直した。
ラジオは、好き。コレとかコレは、キライ。
この気持ち。居場所の無い、退かされた石の下で陽射しを浴びて戸惑うダンゴムシのような気持ちを忘れちゃいけない。
ラジオっ聞きだけど、自分が好きであるがゆえに自分をめんどくさくしてしまう、その感じを失くさずに生きていかなくてはならない。
いや失くした方が生きやすいし楽しいし、そんな好き好んでヒトサマに嫌われて生きて行きたい奴、いねえーーーよなあ!?(はいコレが大嫌いです)

でもね。そうでもしないと、文章なんか書いて出して読まれて喜ぶなんてマネは出来ないんですよ。

好きだからこそ相容れないモノって、たぶん、年を食うだけ増えてくと思う。自分で追い掛け切れず、やがて諦めなくちゃならなくなるもの、関心が薄れてゆくものがあるとして。
今でも正直きっとそういう兆候があって、それを酸っぱい葡萄みたいに
あんなもんは~
とクダまくことで発露しているんだと思う。
そこで何でも柔軟に取り入れて楽しめる素直なニンゲンのが得するだろうが、そんな出来たニンゲンなら深夜ラジオなんか聞かないし、あそこに真っ当な検索結果や真顔の正論なんかをメールに書いて寄越すような奴らは、狂った世界で自分だけが正気を保って物語を進められる人生の主人公なんだと思えてるんじゃないか

狂いたくて狂った世界を覗き込んで、でも狂いきれずに生きてしまっている。
そういう人たちのために私は書き続けていたいし読みに来てくれたらうれしい。
でも、そういう人たちはきっと
小説もラジオも好きだけど、別にお前は…
と言うと思う。それでいい。お互いに。

好きだからこそ、一方通行で見えない段差と壁がある方が居心地がいい、ということもある。
下手に好きなジャンルや人物を扱いつつ見えない壁と段差を浮き彫りにされるより、よっぽどマシだ。


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