水上ビルの二階から

水上ビル(すいじょう)というのが豊橋市の駅前から伸びていて。これは用水路の上に細長い商店街ビルを建てて、その下にアーケードも付けて雨の日でも濡れずにお買い物やお散歩が出来るようになっている場所の事で。

私の家は、このすぐ傍にある。幼馴染のマサくんのおばあちゃんの家もあって、そこにはいつも、眼鏡をかけたマサくんのおばあちゃんが店番をしていて。たばこ専門店や、遅くまでやっているラーメン屋さん、美味しいお惣菜屋さん、昔ながらの喫茶店、文房具屋さん、花火とおもちゃの問屋さんと、多種多様なお店が軒を連ねていた。
多くは今でも現役稼働中だけど、中には惜しまれつつ閉店したお店もあった。

そして私が高校生からハタチ過ぎくらいが、多分いっちばんドン底でゴーストタウンみたいになってた。やってるお店とやってないお店と店子の居ない場所が半々か、仕舞ってるシャッターのが多い時期もあったんじゃないかな。いま、この水上ビルを指して
SEBONE
なんて称してイベントやってるけど、冗談じゃなしに背骨の骨抜きみたいになっていたように見える。

マサくんのおばあちゃんが言うには(話し好きの人で、ヒマだとビルの成り立ちや馴れ初めや生まれ育った町から四日市の空襲を見ていた話まで色々聞かせてくれた)ここはハザマ公園に名豊ビルが建つとき、立ち退く代わりにここに商店街ビルを用意して入居したのが始まりだそうで。それが大豊(だいほう)ビル。いちばん豊橋駅に近い茶色のビルは豊鉄ビルで、国道を挟んだ赤っぽいビルは大手ビル。私のおばあちゃんの家は、この大手ビルにあった。今は老朽化で、大手ビルの居住区には人は住んでいない。階下の商店スペースが残っているだけだ。

で大豊ビル。
生き字引みたいなマサくんのおばあちゃんが、いつも店先に椅子を出してノンビリ座っている。中根小鳥店(インコとかハトとかオウムとか売ってる鳥の専門店)の九官鳥に下品なこと覚えさせようとして怒られたり、お寿司屋さんの店先に住み着いた野良猫に忍たま乱太郎に出てくる猫の名前を付けたり、お惣菜屋さんでハムカツを買ったり。
34年間も近所に住んでいると思い出深い。
で、そこに新しいお店が入り出した。ここ数年で、おしゃれなお店が増えた。流行りの飲み物からコーヒースタンド、カヌレ屋さんも出来たし、食堂やバーもある。
下手すると私が小さい頃と同じか、それよりお店が多いんじゃないか。
地味で薄暗い問屋さんとか専門店、昔からあるお店と、新しいお店が混在していて、今とても面白い。

そこにある水上(みなかみ)食堂さんは、新しいながらもレトロ嗜好のお店だ。

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メニューは少ないが安くて美味しい。
カレーとおそばを食べに行きまして。寡黙なおじさんが二人、ササっと作ってくれて、それを2階か3階の座席に自分で運んで食べる。
マサくんのおばあちゃん家に遊びに行かなくなって久しいから、大豊ビルの2階から外を見るのも久しぶりだ。

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カレーはスパイシーでちゃんと辛い。ご飯が進む味。おそばもアッサリしてて、シンプルで美味しい。社員食堂、を謳うだけあってメニューも味付けもシンプルだ。そして話が早くてわかりやすいのだ。名物は豚肉のたまり焼きで、これはその昔に近所のバスターミナルにあった食堂のメニューを復刻したものだそうな。バスターミナルについて話すと、また長くなるので改めて。

窓の外の景色も変わった。子供の頃よく遊んだ、そしてロクな思い出のないハザマ公園が跡形もなく消えて、真新しく他人事みてえなデカいビルが建っている。そこで作業する人たちの威勢のいい声が響き渡る。ウチに居ても上層階でトンテンカンテンやっている音が聞こえて来て、とてもいい。

この街が変わって、しかも新しい人やお店が来てくれるのはありがたく、楽しいことだ。だけど、ずっとここに住んでいると、なんだかそれも寂しく、こう、複雑な気持ちがする時もある。別に嫌だとか気に食わないとか、そういうのではなく。また、このまま十年一日の如く同じまんま衰退してほしくも無い。けど、新しくやってくる人たちのオシャレで明るくて楽しそうな感じと、大豊ビルの質実剛健な感じと、自分の暮らしにカンケーないあのキラキラした誰かの日常とが、まだ私の中で混ざり切らない。混ざりに行くべきでも、混ざらなくても別にいいんだけどね。

メキシコくんだりまで行かせてもらって、オメオメと負け戻って来た身には、こんな便利な実家で暮らせるだけ有難いってもんだ。

そして水上食堂さんのシンプルで分かりやすい感じが有難かった。安くて腹いっぱい食べれて美味しい。
新しいお店が出来て、新しい人が来て、お客さんが歩いてて、なんとなく嬉しいけど複雑。このままこじらせると厄介なジジイになるし、かといって必要以上にウェルカムで距離感のバグったオッサンになるのもゴメンだ。
…やっぱり近所でひっそり過ごすか。それがいいや。

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