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日本の常識は通用しない インド編①

インドは好き嫌いがはっきりと分かれるという話はよく聞く。
ただ、それは「旅行」での話で
旅人の大半はインドを好む。
なぜってインドにいると「これぞ旅よ!!」の醍醐味が沢山詰まっているからだ。良くも悪くも、だ笑

インドの洗礼

インドは旅人の登竜門と言われるほど、まぁいったらカオスだ。

インド人は嘘つかなーい♪
なんて歌があったと思う。
まぁインド人は嘘つきが多いという内容なのだけど、実際のところ、そうだなぁ。。。
嘘…とまとめ上げてしまうのはちょっと違う気がして、
そもそも生きるための「交渉」なんじゃないかとしばらくいると感じてきたりする。
確かに、めっちゃくちゃにふっかけられたり、いいようにいいくるめられて、実は違った、とか、あるあるなのだが。
日本でそんなことしたら、無礼者め!!となるだろう。
ただ、なんていうかな、感覚が分からないくらいに違う、というか。ただそれだけというか、そういう環境に住んでいる、というか。
日本ではそれ絶対タブーでしょ!ということが日常だったりするわけで。
だから、日本の生活に心地よさを感じ切ってしまっている人にはたしかにきついかもしれない。

話を戻そう。インドの洗礼についてだ。
旅人の間では、初めてインドに行く人には洗礼が待っていると有名だ。
上記の非常識さで洗礼と感じる人もいるのだと思うけど、
そんなもんではないのだ。

私のインドの洗礼ストーリーは、武勇伝になるほどいまだに語ってしまう。

私はヒーリングの先生を追いかけて、オーストラリア1年半の滞在からインドへ移動した。
彼女のいるダラムサラへと向かう最中のエピソードは、本当にインドは何があるかわからない、、、の象徴になるかとは思う。


目的地はヒマラヤ山脈の西縁に連なる標高1,800メートルの丘陸地帯、ダラムサラだ。チベットの亡命政府が置かれていることで有名だ。

デリーからバスで行きたかったのだが、ちょうど数日は満席だということだったので少し焦った。早めにダラムラサにいないといけない用があった。
何か方法はあるだろうと思い、諦めずにバス会社を回っていると、4人のイスラエル人グループがタクシーで行こうかと話していた。
私は、これは!と思い、そこに入れてもらえないかと輪に入った。
座席は余裕があるし、割り勘する料金も安くなるし、OK!をもらった!

やった!
こういったシーンを振り返ると、私は、執念深いのかもしれない。笑
今でも、これがしたい!だけど現状みると…無理なんじゃね?ということも諦めない。
一人でなんとかしないといけないと思っていた頑固だった私は、旅の最中で色んな人に助けられながら、愛情に触れながら、自分ではできないこと、したくないことは、人に頼んで良いと知っていった。
だから、一人だと難しいなと思うことは、聞いてみる、頼んでみる。
それをして、断られたことがない。
迷惑なんじゃないか…という心配も分かる。
だけど、思っている以上は愛されているし、いろんな人が手を差し伸べてくれる。
そんな感謝で溢れそうな人の優しさを、沢山受け取っていく。

無事に次の日に出発できることになるのだが、
この時すでにインドの洗礼は始まっていたのであった…

②に続く。

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