(感想)筒井康隆『旅のラゴス』(新潮文庫)


※ネタバレがあると思います。


「超能力」がメインの世界というより、ラゴスさんが旅をする話、という印象が私の中では強かったです。

ラゴスさんが一年、また一年と過ごすうちに積み重ねていく経験が、読んで旅を共にする読み手の中にも少しずつ積もりゆくようでした。文庫本自体はそんなに厚くないのに、充足感が大きかったです。ラゴスさんの一代記のようで、密度が高く感じました。

密度の高さは、各地で出会う人が個性的で魅力的だったのも理由にあるかなと思いました。一つの場所のことを記されている文章はそう長くないのに、一度の出会いで、また会ったときに懐かしいと思えるくらい、心の中に痕跡を残していきます。たとえ名前は覚えていなくても、ああ、あの時の、って分かってしまうくらい、忘れられなくなりました。

昔はあったのに今は失われてしまった何かって、ものすごく心惹かれます。引力というか、その技術を知りたい、考えを知りたいっていう気持ちがわいてきます。それを何年も追いつづけられるラゴスさんはすごいと思いました。加えて何年もかけて書きためた成果を失っても、「大丈夫だ」と思える心の深さもすごいなと思いました。


ラゴスさん、世界から少し浮遊しているような感じがしました。普通にしてたら気付かないけど、よくみたら地面から一センチずっと浮いてる、みたいな。(よくわからないですね。)旅をしつづけているからかな?


ラゴスさんの旅の最終目的が私は最後まで分かりませんでした。
ずっととどまらずに旅をする。そこまでラゴスさんを動かしているのは、何だろう。旅をせずにはいられなかった、止まっていられなかった、というのが一番の理由な気がしなくもなかったです。

この本は、内容でガツンと揺さぶられる感じではない気がします。また、人物の心のゆらぎに読み手がからめとられてしまう感じでもない気がします。でもこの本についてあとで印象を聞かれたら「こうだった」ってすっと答えられそうな気がしました。

読了後、最後に広がる読み手の妄想が入り込む隙間が大きすぎて笑ってしまいました。隙間じゃない、ぽっかりあいた空間かな……。風のように進みゆくラゴスさんに必死についていっているうちに、最後その勢いのまま投げ出されちゃった感じです。待って、この先何もないんだからって、笑いました。素敵だなぁ。とても好きです。


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