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川が”道”になったら、きっと旅はもっと面白くなる


パックラフトを買いました。

自転車で旅をするようになって10年になります。
初めは日帰りだった旅はホテル泊になり、自由に過ごしたいという理由で素泊まり宿泊、時間にも場所にとらわれたくないからとテント泊を始め、どうせ寝るだけだからと今ではテントを放棄して星空の下にごろ寝の野宿旅と進化(退化?)をしてきました。


そもそも僕が旅をするようになったのは、住まいとスーパーとの往復の道に飽き、いつもと違う道を走るようになったことが発端です。
目的地は同じでも、一本曲がる道を変えただけで違う景色が広がっていて、知らない世界が存在していることに面白さを感じました。
自分の住んでいる国とは全く違うどこか遠い場所へ行かなくても、ほんのすぐそこにだって自分の知らない世界はいくらでも存在していることを知りました。
すこし足を向ける先を変えるだけ、すこし見る角度を変えるだけ、本当にすこしのきっかけで、いくらでもこの世界は違って見えてきます。

僕は、そういう身近にある未知との出会いから、知らないものを知ること、見たことの無いものを見ることの喜びを知りました。



パックラフトとライフジャケット、パドルをザックにまとめて自転車と共に電車に乗る


僕が初めて川下りをしたのは大学生の頃、友人らと行った北山村でのラフティング体験でした。
渓谷に沿って山を上ったり下ったりするドライブは好きでしたが、その渓谷を川の中から見上げたとき、ドライブで見ていた川や渓谷とは全く違う景色がそこにありました。強烈な驚きと感動を覚えました。
それがずっと心に残っていました。
いつか自分でカヤックを漕いで旅をしてみたいという思いをうっすらと持つようになりました。

フォールディングカヤックやインフレータブル、オルカヤックなど、持ち運びが可能なカヤックの存在は知っていましたが、僕は自転車しか運転しないので(普通免許証は持っていますがペーパー)、水辺まで運搬するには自転車に積載するしか方法がありません。
上記のそれらはどれも自転車に載せて移動できるほどコンパクト・軽量なものではありませんでした。
水辺を旅するという夢は、夢として埋没していきました。

数年前、たまたまアウトドア系の動画を見ていた時に、パックラフトというものの存在を知りました。
子供用のビニールプールを船型にしたようなそれは、空気を抜いて畳むとテントとさほど変わらないほどの寸法になり、重さも3kg程と、自転車で充分運搬できる重量になるものでした。これこそ僕が求めていたものでした。
心の片隅で埋もれていた夢が現実になるかもしれないと思うと、いてもたってもいられなくなりました。


一昨年の夏、パックラフトの体験ツアーに参加をしました。
僕は生まれつき身体に軽微な障害があります。
危ないことはしない、水の事故にだけは絶対に遭わないようにしなくてはならないと決めていました。
インストラクターの指導の下、安全面で入念な確認をして、果たしてパックラフトは自分の身体で乗りこなせる代物なのかを身をもって確認するために、真剣にツアーに挑みました。
水遊びや珍しいアクティビティの記念参加などというつもりは全くありませんでした。
微かにでも自分に水の上を旅できる可能性があるなら、意地でも掴み取ってやると言う気持ちでした。

昨年の夏、もう一度同じパックラフトの体験ツアーに参加しました。
僕にとって全然無理な代物ではないという手応えは感じていたものの、なにぶん初めて乗るもので勘所のわからない状態だったので、前回感じた課題点を克服できるのか、自分にそれだけの技術の伸びしろがあるものなのかを見極めたかったからです。

今年の3月、まだ肌寒い風が吹く中、より技術が求められる経験者向けのツアーに参加しました。
この時点で、既にパックラフトを購入する意思は固まっていました。
操縦技術に不安はありませんでした。我ながら、少ない経験でよくこれだけ漕げるものだと思うほど、しっかり漕げるようになっていました。
ただ、これからどうやって旅を始めようか、インストラクターなしで自分の力で安全に川を下るための判断力を養うために、最後に自信をつけたいと思っていました。

見た目にも激しい、それでいて操縦を間違えれば確実に沈(転覆)する瀬に差し掛かったとき、これを超えれば確実に水辺の旅が現実のものになるという確信がありました。それと同時に、失敗した時激流にもまれながら流されるリスクに恐怖心もありました。ここで駄目だったら諦める決断もしなければならないと思いました。
インストラクターの攻略の説明を一言も漏らさぬよう聞き、実演を見て、自分がどう下るか何度も脳内でシミュレーションをしました。絶対に乗り越えて見せる、自分にはその技術があると己を奮い立たせました。
口をぎゅっとかたくむすんで目をかっぴらいて漕ぐ僕の姿は決して格好のいいものではなかったと思いますが、理想のコース通りに漕いで瀬を超えた時、インストラクターの「上手!バッチリ!」という声が聞こえました。
僕は念願だった水辺の旅の切符を手に入れた喜びで、両手でパドルを持ち上げて歓声を上げました。



自転車で旅をして10年。
ここで原点に戻ってみようと思います。
10年目だからと、特別に意識していたわけではなかったのですが、準備をすすめているうちに、丁度10年が経っていました。

いつも土手の上を走ったり、橋で跨ぐだけだった川を、道として旅できるようになれば、きっと陸の上から見る景色とは違うものが見えるはずです。


4月1日は、僕が初めて自分だけの力で水辺を旅した日です。

なんて、大層なことを言ってみても、所詮は「買ったパックラフトをお試しで乗ってみた」というだけなのですが。



水面の上から撮った景色。
受ける風や波に流され、今の僕にはまだ余裕をもって写真を撮ることはできない。

少しでも風の影響の少ない奥まった湾を選んだものの、琵琶湖は川と違い流れがなく、それでいてやはり多少なりとも波や風は打ち付けてくるので、漕がなければ岸に押し戻され、全くもって余裕のない初出艇となりました。

漕ぎ始めてすぐに、底が見通せない水深になり、川幅と比べれば果てしない沖を見て、自分一人の状態でもしも沖に流されてしまったら、もしもここで落水したら自分はどうなってしまうのだろうと、恐怖心が湧いてきました。
岸から10mもない距離でなるべく離れないように漕ぎ進め、何度か岸に上がって空気を入れなおしたり、緊張でカラカラになった口を潤したりしながら、スタート地点から対岸の浜を目指しました。



パドルの長さや持つポジション、漕ぐフォームがやたらと気になり、さらには流れのない湖上で前進している実感のない己の漕ぎに気持ちが乱れながらも、当初目指していた対岸に上陸し、そこから今度はやや沖を経由して直線ルートでスタート地点へ戻りました。

往路で感じていた恐怖心も復路の頃には薄れ(漕ぐことに必死になっていたせいもある)、往復約2kmととても短い距離ではありましたが、新たな課題も見いだせた有意義な初出艇でした。


僕はまだ切符を手にしただけ。
操縦技術も、水の流れを読む能力も、まだまだこれから覚えなくてはいけないことが沢山ある、パックラフト初心者です。
でも、これまで陸から眺めるだけだった水辺が道となり、新たな景色の中で旅ができる事を思うと、今日まで長らく時間をかけて準備してきた甲斐がありました。
自転車に加え、パックラフトを手に入れたことにより、これからはより自由かつエクストリームに旅をすることができます。
旅を始めてからたまたま10年たった年の、たまたま4月1日という、なにか意味がありそうでなにも意味のないこの日を、僕はきっとこの先も忘れず時折思い出すことでしょう。



パドルを差したザックを担いで自転車を漕ぐと、かなり目立つ。
更に輪行して電車に乗ると、尋常じゃないくらい視線が刺さる。

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