『語彙力を鍛える~量と質を高めるトレーニング』を読んだ
この本の著者である石黒圭さんを初めて知ったのは、『文章は接続詞で決まる』(光文社新書)を読んだときのこと。
翻訳の参考になると勧められて読んだ『文章は接続詞で決まる』は、接続詞の豊富なレパートリーを紹介してくれているだけでなく、本文の文章そのものがシンプルでわかりやすくまとめられているうえに、言葉の持つ微妙なニュアンスを、主観的な偏りなく、いたってニュートラルに説明してくれている。読んでいると、清水を飲んでいるように内容がスーッと頭に入ってくる感覚に心地よさを覚え、「自分もこんな文章が書けるようになりたい」と思わせる。この本をきっかけに、石黒さんの本を他にも読んでみたいと思うようになった。
今回読んだ『語彙力を鍛える~量と質を高めるトレーニング』は、その題名の通り、「語彙の量」を増やしつつ「語彙の質」も高めるためのアドバイスが、余すことなく取り入れられている。
「語彙の量を増やす」ことについては、語と語の関連性(類義語や対義語、上位語・下位語)や語形(和語・漢語・外来語、平仮名・片仮名)、文体情報(話し言葉・書き言葉、日常語・専門語、標準語・方言、新語・古語)、経験や語の成り立ちといった観点に着目して、体系的かつ効率的に憶える方法を紹介している。
「語彙の質を高める」に関しては、憶えた語彙を文脈に合わせて適切に使うための注意点が書かれている。誤用や重複・不足など、客観的に認識しやすい注意点に加えて、ニュアンスや連語との相性、語感のズレ、意味の幅や多義語のあいまいさ、語が持つ文化的背景など、感覚的な認識を必要とする部分も詳しく説明されている。
「量」を増やし、「質」を高める。これらは大きく括れば、文章を書く上での技術的な注意点とでも言えるだろうか。というのも、この本では、これらの技術的な注意点に気をつけることの重要性を述べた後で、読み手の心に届く言葉とは何かということを訴えている。あとがきに寄せられた以下の部分は、石黒さんがもっとも伝えたいこととして書かれているが、自分自身これを読んで、文章を書く上で大事なのは結局これなんだよなあ…と痛感した。
*********************************************************************************言葉はどうせタダなのだから、人目を惹きつけられれば何を言ってもいい。言った者勝ちである。そんな刹那主義が、政治の世界でも、ビジネスの世界でも、メディアやネットの世界でも横行しています。その結果、偉そうな言葉や凝った言葉、威勢のいい言葉が巷に溢れているようになりました。現実世界の反映であるはずの言葉が現実世界をねじ曲げ、言葉だけが過剰なインフレに陥っている状況に、不安を覚えざるをえません。
(中略)
本書は、
① 言葉の形に価値があるという「信仰」
② 言葉の形を変えれば中身まで立派になるという「幻想」
③ 目を惹く表現を生みだせば偉くなれるという「風潮」
という、言葉をめぐる現代社会の病と戦うために書きました。
無理な背伸びをせず、文脈に合った言葉を選ぶだけでよい。変に着飾らず、シンプルな言葉を選ぶだけで良い。言葉の形を強く意識させることを目指すのは素人の発想であり、言葉の形を意識させずに内容がすっと頭に入ってくる言葉選びを目指すのがプロの発想です。
ところが、この単純で、当たり前のことが難しいのです。私自身もいつもその壁に跳ね返され、試行錯誤をしています。本書をつうじてこの難しさを読者のみなさまと共有できたなら、本書の目的の大半は達せられています。
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SNSに投稿する際に、無意識ながらもインパクトの強い言葉を選んでしまっていた自分に気づく。限られた時間と文字数の中で、読み手から「いいね」をもらう。もっとフォローしてもらえるようにする。ここに多大な価値が置かれている現代社会の中で、知らないうちに誇張的な表現を使って注目を集めようとしていた人も少なからずいるのではないだろうか。人間は本来集団の中にいないと生存できない弱い存在だから、インパクトの強い言葉を求めている読み手が多い社会の中で、発信者1人1人がそうなってしまうのは無理のないことなのかもしれない。
言葉の「見た目」に惑わされず、本質的な内容に価値を見出せるような読み手を増やす。そのためには、そうした価値を自然に見出せるような文章に、読み手がもっと多く触れられるようにする必要があるのかもしれない。だからこそ、語彙のレパートリーが豊富で、文脈に適して言葉選びができ、シンプルでわかりやすく、読み手の心に届く文章を書ける人がもっと出てくる必要があるに違いない。
私もそんな書き手になれるように頑張ろう、と決意を新たにして本を閉じた。
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