ドラえもんと浮いてたあの子

高校の頃、特別交流があったわけではないのになぜか印象に残っている人がいる。
若干知的障害(もしくは重めの発達障害)があるっぽい女の子。

非常に失礼だが「あぁ、この子は浮くだろうなぁ」って感じだった。
どこにでもいる芋っぽい顔に赤いメガネ。実際浮いてた。
記憶は曖昧だが、例えば一人でなかなかに幼いタッチのドラえもんの絵を描いてたり、なにをぶつぶつ言っているのかと思えば「助けてドラえもん」的なことを呟いてたような気がする。
今思えば彼女はドラえもんが好きだったようだ。

浮いているので当然クラスカーストでは底辺だった。
昼休み、オラオラ系の男子に絡まれ、やたらと排他的でギスギスしてる2軍女子達にいじめられていたのをよく覚えている。
それ以外は傍観していた。もれなく自分もそうだった。
耳を塞ぐために弁当に集中しようとしていた。

自分の学校の一年生は　優秀クラス１つ、普通クラス２つ、と成績で3クラスに分けられ、2年生の進路が別れるタイミングで　文系の優秀普通混合クラス・理系の優秀クラス・理系の普通クラス　というふうに分けられる。
自分は文系クラスに優秀クラスとして進級したので、それはもう普通クラスの治安の悪さに驚いた。優秀クラスからの流れものだったので自分はカーストの外側にいたと思っていた。

しかしまぁ、いじめというのはみていて気持ちの良いものではない。
発達障害というものを充分認識できるはずの歳の子が、弱者を相手に、しかも複数で攻撃する。胸糞悪い。クズばっかりの地獄みたいな空間。
だが、自分は何もしなかった。
よくある「傍観者もイジメに加担しています！」ってあるけど、そりゃ無理な話で、ましてやカースト上位のやつらに流れものが首を突っ込むなんて、そんな面倒なことはしたくなかった。
他の友人達も無視していた。面倒くさいから。
なんなら彼女を忌避している人もちらほらいた。

ある掃除の時間、彼女が落とした雑巾を自分が拾った事がある。
あの昼休みに何もしなかった自分を恥じる気持ちがどこかにあったのだろう。
普通に接してあげたいと思った。
彼女は「ｱ、〇〇(俺)ｻﾝ…ﾄﾞ、ﾄﾞｳﾓ」とか言ってた。
これは自分の中での勝手な罪滅ぼしだった。
憐憫という無責任で傲慢な感情は嫌いだが、あの時何もしなかった自己嫌悪と、勝手で徒おろそかな憐れみが雑巾を拾った動機だった。

自分の高校は中高一貫校で、中学生の頃から彼女はよく職員室に質問しに行っていたのを覚えている。授業の質問もすれば、よくわからん雑談もしていた。話が長くて自分が質問できなかったこともあった。
今にして思う。彼女は中高の6年間、あの地獄のような日々を生きてきたのか。彼女の居場所は自分を構ってくれる教師とドラえもんだけだったのか。よくわからん雑談は彼女にとって、あの場所で生きていくのに必要な時間だったのか。

訳あって高校2年の秋から自分は不登校になり、やがて学校をやめたので彼女の記憶はこれ以上ない。

と、思いきや最近、インスタに彼女のあるストーリーが流れてきた。
実をいうと、学校をやめるタイミングで見る専だがアカウントを作った。
その時にフォローされたのをフォロバして、それがまだ生きていたのだ。
意外と面白いもので、普段内気な人がインスタ上ではかなり活動的、というのがよくある。彼女もそのうちの一人だった。
若干浮いたストーリーやらをあげていたのだが、なんと最近「付き合って4ヶ月！」なるストーリーを上げていた。
あの子が？まじ？しかも4ヶ月？
なぜかじわじわこみ上げる喜びを感じた。
自分とはほぼ関係のない、ほとんど喋ったこともない彼女の交際4ヶ月ストーリーに、ガッツポーズをあげたくなった。
やったぞ！どうだ！
お前らがいじめてたあの子にゃ彼氏がいるんだぞ！しかも4ヶ月！ザマーミロ！

なぜこんなに嬉しいか、すぐわかった。
結局は自分もあのカーストの一部だったのだ。
流れものだから、優秀クラスだから、というのにしがみつき彼らを見下していた。
同時に彼らに恐怖して、そして劣等感を感じていたのだ。
自分にとってもあの昼休みは地獄だったのだ。
彼女の交際4ヶ月ストーリーは、彼らに対する勝利宣言に見えたのだ。

勝ち負けとか、人生そういうもんじゃないのは分かってる。
しかし、劣等感に塗れて高校時代を過ごした自分にとって、人間関係を勝ち負けで構築してしまう自分にとって、誰がなんと言おうとこれは彼女の勝利なのだ。ザマーミロ！

今見てみると彼女のフォロワーは800人近くいた。
投稿欄には友達と行ったいかにも普通の女子大学生っぽいキラキラした写真がたくさんあった。
おまけに、彼女をいじめていた人達はおろか、同級生のほぼ全てがフォロワーにいるようだった。彼女は彼女自身の全てを肯定しているのだろう。

ドラえもんのぬいぐるみがストーリーに上がっていた。彼女の記憶はこれで終わりだ。

ちなみに自分のフォロワーは30数人で、そのうちの10人はよくわからんスパムである。ストーリーも投稿もしたことがない。