古井さんの「遺稿」を読んだあとに
寝るのはいつも明け方近くなので、けさ見た夢ということになるが、本当にひさしぶりにあなたが出てきてくれて懐かしかった。
あなたは映画に行こうと言って、てのひらに4枚のチケットを並べてみせた。わたしは身をのりだして映画のタイトルを読もうとした。
チケットはどれも破線から下が切り取られていた。
そこで目が覚めた。
10年のうち、あなたと映画に行ったのは一度だけだった。
2004年1月23日に日比谷で観たオムニバス映画『10ミニッツ・オールダー イデアの森』がそれだ。8人の監督による10分の短編8本で構成される『イデアの森』の、ゴダール作品「時間の闇の中で」を観たかった。
その日、退院の支度をして階段を降りていくと、あなたはすでに待合室で待っていた。すみのほうでオーバーコートの襟を立てて神妙な顔をしていた。あなたはすぐさま立ち上がってわたしを抱きしめた。コートに外気の冷たさが残っていた。ちょうど昼休みで、待合室に患者はいなかった。
前日の中絶手術から回復していない身体のまま、地下鉄で日比谷まで行った。退院したその足で映画に行くことを決めたのは、あなたとわたし、どちらだったろうか。ホームのベンチで「先生」の話になったとき、あなたが声を荒らげたことがつらかった。映画が終わるともう夜で、わたしたちは銀座の大通りのライオンに入った。喧騒でめまいがしていた。あなたはビールとソーセージを頼んだが、わたしは何も受けつけなかった。ゴダールの「時間の闇の中で」も、ほかの7本の短編もまるで頭に残っていなかった。
手帳にはこの日、帰宅後に先生から電話を受けたことが記されている。
罰がくだったのを見届けたかのようなタイミングに打ちのめされた。
先生はたまたまかけてみたのだと。半年ぶりのお声だった。わたしが送った手紙の文字を見て、「一生懸命書いたのがわかった」とおっしゃった。わたしはほとんど言葉を返さなかった。そしてこれが先生とお話しした最後となった。
先生はしばしば文壇バーに誘ってくださった。わたしは酒が飲めないことを理由にお断りすることが多かった。「古井が朗読をするよ」と教えていただいても、作家に対する尊敬と畏怖の念から機会をふいにした。
先生の訃報が載った夜、あなたがわたしを抱きしめて「おれが守る」と言うのを、上の空で聞いた。
古井由吉は先生より15年長く生きた。
もし古井さんにお会いしていたらと考えながら古井作品を読み、先生のことを思う。
かつて、師とその教え子が肉体の関係に至ることはありふれたことだった。誰が誰を愛しても、騒ぎたてるようなことではなかった。むしろ何も誰も分けないのが常態だったと言うべきかもしれない。
当時について誰も何も語らなくなった。
今の尺度に合わなくなったからには、百歩譲って黙っているのがいちばんなのだろう。
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