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自分の言葉② 『午前四時のブルー』Ⅲ

先日刊行された『午前四時のブルー』Ⅲ号に、
「もう一度、腕に火を––––マルグリット・デュラス『死の病い』」というエッセイを書きました。

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小林康夫先生はデュラスのテクスト「死の病い」との出会いについて書くようにおっしゃいました。
わたしもそのように、テクスト「死の病い」との出会いについて書こうとしました。
二十歳の誕生日に「死の病い」を読むに至ったいきさつについて書こうとしました。
大学ノートに少しずつ自分の言葉を書いていきました。

その一方で、小林訳の「死の病い」を読み返し、原書と照らし合わせ、「死の病い」の周辺の作品を読み返し、その原書を照らし合わせ、プレイヤッド版全集の注記や注釈を、単語を調べながら読んでいきました。
小さな文字に顔を近づけて原書の意味を考えていく、その過程がすこぶる楽しく、時間をかけて読むことに夢中になっていきました。

二十歳の誕生日に「死の病い」を読むに至ったいきさつについては、書きあぐねていました。
わたしには発音できない言葉があり、その言葉は書くこともできません。二十歳の誕生日はその言葉に囚われていて、五十五歳になった今も語ることができません。ノートの中身はしだいに作品の引用と読解のメモになっていきました。

それでもこのひと夏、思う存分デュラスに張りついていられたのは、ほんとうに仕合わせでした。わたしはずっとこんなふうに生きたかったのでした。

「もう一度、腕に火を––––マルグリット・デュラス『死の病い』」は、テクストとの出会いについて書こうとして書けなかった、その失敗の報告です。

のちにお会いしたとき小林先生は「まだ早かったかな?」と呟かれました。にもかかわらず、わたしの文章を載せてくださったのです。そうすることで一歩踏み出すことを支えてくださったのでした。

いつか補遺を書きたいと考え続けています。

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