見出し画像

「ずっちのこと」のずっち

猫のずっちと出会ったのは1995年の10月でした。わたしが校正者になるずっと前、『集英社 世界文学大事典』の編集を手伝っていた頃でした。ずっちとはそれから、一匹と一人、十六年半を共にしました。

先日、ずっちの白黒写真をスライドショーにしました。渋谷区の一軒家の二階を借りて、半年ほどずっちを閉じ込めていた頃の写真です。

それまで、わたしは足立区のアパートの一階に住んでいました。辺りにはまだ広い畑や空き地が残っていました。外の猫たちの場所もかろうじて残されていました。

わたしは夜中に窓の外を覗いていました。細い道路を隔てた斜め向かいにマンションがあって、自動ドアになっているエントランスの内側のマットの上に、一匹の痩せた猫が両脚をきちんと揃えて胸を張って座っていました。自動ドアの内側に入って、閉じたガラスの向こう側からこちらを見ていました。二回ほど、そうしているところを見かけました。エントランスの天井から円錐形に広がる常夜灯の明かりの真ん中で、猫は胸を張っていました。

『大事典』の仕事で夜遅く帰る日が続きました。

アパートの玄関は奥まったところにありました。敷地の暗がりに誰かが潜んでいるような気がして、夜遅くなると鍵を開けている時がもっとも怖いのでした。その日も急いで鍵を開けて玄関を上がりました。すぐ脇の台所のシンクの前に立って蛍光灯の紐を引っぱると同時に、脛のあたりにふわっと何かが触れました。

あどけない顔の細い猫が、わたしの両脚の間にいて、こちらを見上げていました。自動ドアの向こう側に座っていたあの子でした。


名前は「アンズ」にしました。「杏色のぶちがあるので、アンズです」と人には言っていますが、理由は別にあります。ぷっくりとした逆さハートの睾丸が、杏の水煮のように可愛かったから、というのが本当の理由です。

すぐに「ずっち」とか「ずっちゃん」と呼ぶようになりました。

部屋の中で甘えるようになっても、ずっちは今までどおり外に出たがりました。畑の柔らかい土を踏んで、鼻に皺を寄せて草の匂いを嗅いでは、空き地を悠々と横切っていく姿を見かけました。ちょっと遠くのコンビニに買い物に行ったりした時に、思わぬところでずっちに出くわしてびっくりしたこともありました。ずっちはとにかく外が好きで、いつも何かを探検しているようでした。

そんなふうに自由を満喫していたのですから、突然ケージに入れられ、知らない場所に連れてこられ、狭苦しい部屋に閉じ込められて、どんなにつらかったでしょう。推定生後六ヵ月で遊びたい盛りです。それでもわたしは、やっと借りることができた猫可物件の六畳余りの生活をずっちに強いました。ずっちはいずれ慣れて、静かになってくれるだろうと願ったのでした。

ずっちはいつまでも鳴きつづけ、わたしは途方に暮れました。

根比べが半年経った頃、階下の大家さんがやってきて、「おたくの猫ちゃんは昼間ずっと鳴いているけど、そろそろ出してあげたら?」と言うのです。留守番のあいだも大声で鳴いていると聞いて、わたしは一気に負けてしまいました。

ベランダの金網の端っこを少しだけ開けて、庇を伝って外へ出られるようにしました。

こうしてずっちは以前のように自由になったのです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?