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私とあなただけの世界ではないこと

凪良ゆうさんの「汝、星のごとく」を読んだ。

凪良さんの小説を初めて読んだのは「流浪に月」。
今までに読んだ恋愛小説とは一風変わった展開に興味を覚え、続いて「滅びの前のシャングリラ」を読んで、面白い作家を見つけちゃったと嬉しくなった。
文体が軽くて、ライトノベルみたいだなと最初は慣れなかったが、今ではそこに優しさを覚えるし、透明感のある文章は作品の重く痛い内容をこのうえなく切なく美しいものに昇華させる役割を果たしていると思う。

「わたしは愛する男のために人生を誤りたい」という少し衝撃的なコピー。
「月に一度、わたしの夫は恋人に会いにいく」という少し不穏な冒頭。

そんな謎めいた「わたし」である暁海の視点から物語は始まるのだが、すぐにガラリと変わって第一章は青埜櫂という高校生の男の子の視点で物語は進んでいく。

読み終えたとき、この衝撃的なコピーも謎めいた冒頭も当初とは全く違った印象を受ける。
それは言葉というものが背景によって大きく意味合いが変わることを意味する。
それは事実は表向きではとらえきることのできない様々な面を持つことを教えてくれる。

私が「汝、星のごとく」に心打たれた理由は、恋愛は「三人称の世界」でもあることを描いていたからだと思う。

恋愛小説に限らず、一般的に恋愛というのは「私とあなた」である一人称と二人称の世界というイメージを持たれている方が多い気がする。
実際、二人の世界に没頭してる作品(小説に限らず、漫画や絵画や歌詞など)も多い。二人の世界に誰も立ち入れない、私たち二人の世界に他人はいらない、みたいな閉鎖的な空気に満ちている。

でも、私はちょっと違う。

恋愛は、自分の周囲の人々や環境が色濃く出る。
私にとって、恋愛は「私とあなた」以上に、自分を取り巻く「彼と彼女」の三人称を深めてくる世界でもある。
例えば、私は恋人である男性には、深く父を意識せざるおえない。
父と離れたいと思いながらも、私は「あなた」という男性を前にすると、いつだって「彼」という父が常に自分と繋がっているのだと思い知らされる。
私が周囲から「凜ちゃんは男運に恵まれてる」といわれるような男性と縁があるのは、やはり父の影響が大きいこと(天国の父よ、すまん。でもありがとう・笑)は否めない。

自分の育った環境、それまで自分がたどってきた道、それらによって育まれた私の価値観は私の恋愛を大きく左右してきた。それゆえに相手と心通じ合うこともあれば、すれ違うことも多くあったと思う。
また、環境は顔にも深く刻まれる。
恋人となった男性らが、私を初めて見たとき「謎めいていた」などの印象をもったらしいが、おそらく幼少期の環境は私の顔になんらかの「陰」を張り付けたのだと思う。

相手の男性もそうだ。私は彼らの言動や表情から彼らを育んだ環境や周囲の人たちの面影を見る。
育った環境が違いすぎる人間同士の恋愛は、価値観の違いという理由で上手くいかなくなることが多いと言われるのもそのためだろう。

「汝、星のごとく」が私に刺さったのは、この小説が櫂と暁海という二人の男女を縦軸に、彼らを取り巻く大人たちの言動、それらが二人に与えた影響を丁寧に描写していたからだ。
恋愛小説は、この私とあなた以外の人物をどれだけ丁寧に描くかが重要なんだと思う。少なくとも私が「傑作!」と心揺さぶられた恋愛小説は、全てこの「彼と彼女」が緻密に描写されていた。

男なしでは片時も生きていけない恋愛依存症の櫂の母親。
暁海の父は愛人のもとへ去り、捨てられた彼女の母は心を壊す。その母を支えもがくように生きる暁海に「自分の人生を生きることを、誰かに許されたいの?」と暁海に人生を切り拓く手助けをするのは、奇しくもその父の愛人である瞳子だ。助演女優賞あげたいぐらいの名言のオンパレードだった。
そして、二人を見守る高校教師、シングルファザーでもある北原先生もすごい。こちらはさしずめ助演男優賞といったところ。

ヤングケアラーの二人が、お互いに強く惹かれ合い、愛し合いながらも、一緒になれない経緯は恋愛は決して二人だけの世界ではないのだと教えてくれる。

歯がゆく、切なく、苦しい展開にも関わらず、これほど多くの読者の共感を呼び感動させたのは、運命の相手とは必ず結ばれる結果になるとは限らないことを人は知ってるからだろう。
それでも、これはやはり一つの愛し合う男女の形なのだと強い説得力がもてるのも、恋愛は決して二人が一緒になるだけの世界ではないことを知ってるからなんだと思う。

「愛は優しい形をしていない」という暁海の言葉がある。

でも読み終えたとき、私がこの小説から受け取ったのは愛する優しさと生きる強さだった。

愛することに惑い、愛する人との関係に惑い、それでも愛することで救われてしまう。そんな矛盾に苦しんだ経験のある方、どうぞ手に取ってみてはいかがでしょうか。



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