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続・新人育成に思うこと


ちょっと前にこんな記事を書きました。

この記事を書いていた時に抱えていた問題は無事解決したんですが、やっぱり難しいものです、新人育成って。そして、指導側の成長も。


まあでも最近の出来事を通じて真っ先に思ったのが「文句を言えばまかり通ると思っている」んじゃないかと、ここ最近の傾向としては。
だから退職代行とか、あんな変なサービスが横行するんじゃないのかなーとも思ったりしている次第です(本当に必要な場合もあるかもしれませんがね)。


いろんな新人を見てきましたけど、時代時代で求められるものが違うし、最近は特に大変だと思います。ルールが多すぎますから。よく「ここ最近の若者は〜」とか言っちゃう人もいますけど、事実として傾向こそあれど、いつの時代もそんなに大きく変わらないんじゃないかと思ってます。


ただ流れとしては、今は「パワハラが〜」とか全盛期なので、ちょっと根性論を突きつけると日和ってしまったり、落ち込んでしまいます。これはその本人が悪いとかではなく、社会がそんな風潮だからだと感じます。人間のスペック的にはそんなに変わってない。
社会全体が「文句を言えばなんでもまかり通る」状態…そう、不倫問題でその人物を支援していた企業にクレーム入れるようなもんです。そんなに清廉潔白を求めてどうするんですかね?ヤフコメとかであーだこーだ言ってる奴ら、よっぽど暇なんですかね。自分はパーフェクトなんですかね。アホくさ…


おっとちょっと脱線しました。

まあそんなこんなでちょっと前までは「根性論」が通用したんです。その風潮が変わってきたのはここ10年くらいかな?と。いきなりバン!って感じじゃなくて、徐々に通用しなくなってきている感じ。


あ、先にも申しておきますと、個人的には根性論は嫌いじゃないです。やっぱり最後の最後は「根性」だと思うんです。でも育成において真っ先に根性論がくるのは、それはもう間違っています。心理的な面から言っても得策じゃないんです。それに根性論って諸刃の剣ですからね。

まあでも。

最近の新人は〜とか言っても、ちゃんとしている新人さんもたくさんいるので、その方達を他の人と一緒にするのはあまりにかわいそう。だから「最近の〜」とかはあまり言いたくないんですが、事実として「なんか違うんだよなぁ」という人は増えてきているんだとか。


これってもちろんそうなのかもしれないけれど、実は「教える側」の問題も十二分にあると思っていて。


新人ばかりに目が行きがちだけども、言ってもまだ社会人1年目じゃないですか。


中学1年生の頃、音楽室の場所とか、図工室の場所とか、全然わからない状態で学校に放り込まれて、1度教えられたくらいで覚えろとか無理ゲーとか思っていたじゃないですか。でも教師は(あるいは先輩は)ちゃんとその辺教えてくれる。


でも社会人になると「さっき教えたよね?」ってだけで、2度目はないみたいな感じになるのなんででしょう?プロ意識の欠如?もちろんそれも否定はしないですけど、そもそも人間ってそんなに優秀な生き物じゃない。


どんなに優秀な人でも、ある程度の教育期間は絶対的に必要。それがなくてもバリバリできるぜ!!!って人は世界でもごくわずかだと思います。一体人生何周目?ってくらいの風格を漂わす人じゃない限りは、半年は見た方がいいんですよ。


よく教える側には「自分の新人の頃を思い出しなさい」ってアドバイスがありますが、あれだって思い出美化したら終わりですからね。美化していることにも本人は気づいていないってなったら、もう救いようがない。


新人育成には「正解がない」からこそ、新人さん自身に答えを見つけてもらうしかない。仕事のことはマニュアルがありますが、人間にはないですから。それぞれ特別なオンリーワンって言いますしね。


ってことで新人さんばかりに成長を求めることなく、自分自身も成長していかねばならんな…って思った次第です。



〜追伸〜

…リアルでもネット(コメント)でも人に「これが正解だ!」って叩きつける人ほど、無能なんだよなぁ…と最近強く思います。極論、法的に問題なければいいのになぁと…(もちろんモラルは大事)

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