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「身のほどを知れ」第四話

〇1.黄泉比良坂

にわかに落下が収まると、沙織は広大な暗闇の世界に一人立っている。

【沙織】
「ここって初めて会った時の……」

【紅葉鬼人】(声)
「覚えていたか。娑婆と黄泉の狭間よ」

【沙織】
「今、死にかけてるってこと⁈」

【紅葉鬼人】(声)
「いいや、生きたまま来た」

【沙織】
「……なら、いいかな?」

【紅葉鬼人】(声)
「(鼻を鳴らし)珍妙な娘だ」

【沙織】
「で、何すんの?」

【紅葉鬼人】(声)
「ちょっとした鍛錬だ」

【沙織】
「やめてよ、変なの。もう十分に無茶してんだから」

【紅葉鬼人】(声)
「どこかに痛みがあるか?」

【沙織】
「え? ないけど」

紅葉鬼人(声)
「傷は、どうした?」

【沙織】
「(体を見回し)あれ? そう言えば……」

【紅葉鬼人】(声)
「誰のお陰だと思うておる」

【沙織】
「え、嘘? マジ? 大姥様なの?」

【紅葉鬼人】(声)
「(呆れながら)我らの心は離れておる。お前に雑念が多いからじゃ」

【沙織】
「何が言いたいわけ?」

【紅葉鬼人】(声)
「よいか? 我らが一心同体となれば、力は更に増す。小賢しい神モドキなぞ敵ではない」

【沙織】
「いいかも。でも、どうすりゃいいの?」

【紅葉鬼人】(声)
「眼を瞑れ」

沙織が静かに目を閉じる。

【沙織】
「……」
 
【紅葉鬼人】(声)
「おのが性質を省みよ。取り柄も泣き処も洗い浚いだ。隠すな。見栄を張るでもなく、恥じるでもなく、ただ誠の自分を晒せばよい。己を解さずば、己を越え行くことは叶わぬ」

【沙織】
「(戸惑いながら)……」

         ×        ×        ×

〈フラッシュバック〉
幼少から現在までの沙織の人生における様々な場面。

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【紅葉鬼人】(声)
「そうか。それが、お前か。では、これが俺だ」

         ×        ×        ×

〈フラッシュバック〉
血を血で洗う、殺伐とした紅葉鬼人の人生における様々な場面。

         ×        ×        ×

【沙織】
「(顔をしかめ)……」

【紅葉鬼人】(声)
「恐れることはない。互いをよく知り、重んじ合えばよい。さぁ、俺の手を取れ」

【沙織】
「(平静になり)……」

かっと目を見開くと、沙織は紅葉鬼人と完全に一体化している。

【沙織/紅葉鬼人】
「(にやりとして)悪くない」

猛然と走り出す沙織。高々と跳躍して二つの鎌を抜くと、素振りで空を切り裂く。

【沙織/紅葉鬼人】
「……!」

沙織は着地に失敗。地上を転げ回る。

【沙織/紅葉鬼人】
「気を抜いた」

再び走り出し、縦横無尽に激しく跳ね回る沙織。華麗に地へ降り立つ。

【沙織/紅葉鬼人】
「……」

沙織が天を見上げて両手を広げる。

SE)遠くに轟く雷鳴

強風が吹き始め、大雨が降り出す。次いで天に稲妻が走り、激しい嵐になる。

【沙織/紅葉鬼人】
「三途の川が溢れるわい」

沙織が両手を下ろすと嵐も止む。

【沙織/紅葉鬼人】
「まだまだ」

沙織が手を大きく一振りすると砂塵が巻き起こる。続けて口から炎を吐き、伸ばした手の先から吹雪を繰り出す。

【沙織/紅葉鬼人】
「もう一息だ」

沙織は短く口笛を吹く。

沙織の周囲へ様々な亡者たちが続々と集まってくる。

【沙織/紅葉鬼人】
「仕上げるぞ」

沙織が少し長く口笛を吹く。

亡者に囲まれる沙織の周りへ更に鬼の獄卒たちが姿を見せ始める。

沙織が愛想良く手を振ると、亡者も鬼もどこかへ去っていく。

【沙織/紅葉鬼人】
「上出来じゃ」

助走して大跳躍する沙織。……が、いきなり上空で見えない壁に衝突し、そのまま地面へ落下。いつもの沙織に戻る。

【沙織】
「いったぁ~!」

立ち上がろうとする沙織の手が、傍らにある透明な壁に触れる。

【沙織】
「⁈」

沙織は壁を頼るように立ち上がる。

透明な壁の全体像はドームを形成しており、その中へ入ることはできない。

【紅葉鬼人】(声)
「これは……」

ドーム中央で横たわって宙に浮かぶ夏海の姿が、沙織の目に入る。

【沙織】
「なつぽい‼」

沙織は気が触れたように透明の壁を殴り、鎌を突き立てるが、搔き傷すら与えられない。

【沙織】
「なんで……?」

愕然とする沙織。深く失望してその場へしゃがみ込む。

【紅葉鬼人】(声)
「奴の詭計だ。取り乱すな」

【沙織】
「すぐそこなのに……」

【紅葉鬼人】(声)
「城を攻めるには、まず砦から落とさねばならぬ」

【沙織】
「でも……」

【紅葉鬼人】(声)
「時は必ず来る。今ではない」

【沙織】
「……」

沙織が、すっくと立ち上がる。

【紅葉鬼人】(声)
「行くぞ。頃合いじゃ」

〇2.江ノ島邸のゲストルーム
ドアとカーテンは閉められ、スタンドライトだけが点った室内。

ベッドで安らかな寝息を立てる夏海を傍らの江ノ島が見下ろしている。

【江ノ島】
「これで、この子の無事は確認できたわけだ」

夏海は熟睡している。

俯いて目を瞑ると両の拳をぐっと握り締める江ノ島。ゆっくりと顔を上げて目を開く。

【江ノ島】
「この昂奮……久しぶりだ」

○3.公園
住宅地に隣接しているにも関わらず、一切の人影がなく、子どもの声すら聞こえてこない。

ブランコに腰掛ける沙織。パーカの裾からハーネスに装備された二つの鎌が覗く。

【沙織】
「ここで合ってんだよね……?」

【紅葉鬼人】(声)
「呆けるな。場所に間違いはない。人払いもされておろう」

【沙織】
「大姥様、よく知ってたね。ここ」

【紅葉鬼人】(声)
「俺の初働きの地だからな。新田が北条を滅ぼすのに手を貸した」

【沙織】
「それって、いつの話⁈」

【紅葉鬼人】(声)
「まだ、お前たちのような小娘だった」

【沙織】
「……なつぽい、元気かな?」

【紅葉鬼人】(声)
「奴の気高さが夏海に手出しをさせぬ。先ず以って奴の狙いは俺だ」

【沙織】
「なんで、あたしのこと助けたんだろ? 江ノ島……大伴だっけ?」

【紅葉鬼人】(声)
「俺の出奔には気付いたものの、お前の中に宿るや否やまでは見抜けなかったのさ」

【沙織】
「それで病院にいる時、大人しかったんだ。大姥様」

 【紅葉鬼人】(声)
「いささか狼狽もしてはおった。長きに渡り研鑽を積み、周到に臨んだ憑依転生に手落ちがあったなど、そう易々と承伏できるか」

【沙織】
「残念。あたしは負けません」

【紅葉鬼人】(声)
「お前の気丈を甘く見た。あまりの喜びで浮き足立っていたのやも知れぬ」

【沙織】
「しつこくない? メチャクチャ。何百年も前の話でしょ?」

【紅葉鬼人】(声)
「神仙としての矜恃だな。俺が奴よりも劣っていると世へ知らしめたいのさ」

【沙織】
「バカじゃないの⁈ 超意味ないし!」

少し離れた場所から平良が歩いてやってくる。

【平良】
「あれ? ヤマンバってババァじゃないの? ギャルじゃん」

沙織と距離を置いて立ち止まる平良。白鞘を携えている。

【平良】
「結構、可愛いし。殺すの勿体ないかも」

沙織が平良に気付く。

【沙織】
「あいつ……?」

【紅葉鬼人】(声)
「抜かるな。若いが手練れのようだ」

【平良】
「苦しんで悶えるとこでも楽しむか」

言うなり平良は白鞘を抜き、沙織へ飛びかかる。

寸でのところで沙織はブランコから降り、平良の一撃をすれすれに躱す。

【紅葉鬼人】(声)
「うむ、剣にも冴えがある」

【沙織】
「マジ死ぬかと思った……」

沙織が、すっと目を閉じる。

【平良】
「(嬉しそうに)やっぱ違うね!」

平良が再び沙織に襲いかかる。

目を開ける沙織。紅葉鬼人と一体化している。

肉を切らせて骨を断つが如き平良の猛攻を追い込まれながらも沙織はかわし続ける。

【沙織/紅葉鬼人】
「猪突猛進だな」

【平良】
「失う物がないから」

【沙織/紅葉鬼人】
「生ける屍か」

数か所に傷を負う沙織。横っ飛びに平良から離れる。

【平良】
「渋いよ。その言い方」

平良が沙織へ両手を突き出すと、その先から大量の毒虫や毒蛇が噴出される。

沙織はたじろぐことなく両手を大きく横へ広げ、毒虫と毒蛇を瞬く間に灰へ変える。

【沙織/紅葉鬼人】
「筋はよい。しかし、仙術にしては陰気だ」

【平良】
「うるせぇ!」

平良は両手を下に向けると、重い何かを引っ張り上げるかのような動作で頭上へ思い切り振り上げる。

幾体もの鎌倉武士の亡霊たちが、次々と地の底から這い上がってくる。

【沙織/紅葉鬼人】
「なるほど、天魔波旬と契りを結んだか。寿命が縮むぞ?」

【平良】
「死ぬのは怖くない」

【沙織/紅葉鬼人】
「知ったような口を利く」

【平良】
「行け、お前ら! なぶり殺しにしろ」

亡霊たちが一斉に沙織を襲撃する。

【沙織/紅葉鬼人】
「!」

【平良】
「(満足げに眺め)……」

大勢の亡霊たちを相手に必死で応戦する沙織。押し潰されるように姿が見えなくなる。

【平良】
「ダッセぇな。何が山の神だ」

突如として沙織への攻撃の手を緩める亡霊たち。程無くして一切の動きが止まる。

【平良】
「⁈」

亡霊たちは沙織を守るようにして囲むと、平良へ敵意を向ける。

【平良】
「何してんだよ⁈ さっさと殺せ!」

【亡霊たち】
「……」

【沙織/紅葉鬼人】
「死を軽んじ、死者を見くびるからだ」

亡霊が、どっと平良へ襲いかかる。

【平良】
「バカ、違っ……‼ 俺じゃ……!」

平良は白鞘を振り回して反撃するが、数で勝る亡霊たちによって地中へ引き摺り込まれ、押し込まれていく。

【沙織/紅葉鬼人】
「下手を打ったな」

SE)車のクラクション

はっとする沙織。普段の自分に戻っている。

【沙織】
「(クラクションの方を振り向き)……」

一台の高級車が公園の出入口付近に停まっている。

<続く>

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