「身のほどを知れ」第五話
○1.公園の出入口
高級車の前の外でタキシード姿の久米が甲斐甲斐しく沙織を待っている。
傷口を庇いながら沙織がやってくる。
久米は沙織に深々とお辞儀する。
【沙織】
「(絶句して)⁈」
顔を上げる久米。肉片と肉塊を掻き集めて接着したような血塗れの容貌で無表情。
【沙織】
「(唖然として)……」
沙織に乗車するよう促す久米。動作が拙い。
【紅葉鬼人】(声)
「(楽しげに)これが迎えか」
【沙織】
「痛っ!(深手の傷を押さえる)」
露出度高めのナース服を着た玉藻が、いそいそと降車してくる。
【沙織】
「(玉藻に気付き)嘘⁈」
ぎこちなく救急箱を運ぶ玉藻の頭部はザクロのように割れて出血しており、所々に折れ曲がった首や手足からは骨が付き出している箇所もある。
【沙織】
「やだ…… もう、勘弁して」
【紅葉鬼人】(声)
「あの男らしい余興だ。世話になるとしよう」
○2.江ノ島の車内
久米は無言で運転し、後部座席で沙織が玉藻の治療を受けている。
【沙織】
「(引き攣った愛想笑いで)お元気そうですね」
【久米】
「……」
ルームミラーに映る久米は終始無言。
玉藻が沙織の傷口を消毒し、ステープラーで縫合する。
【沙織】
「自分も治療したほうがいいんじゃない?」
【玉藻】
「……」
玉藻は、ただ黙々と沙織の体に他の傷がないかを確かめる。
【紅葉鬼人】(声)
「いやはや、無口になったものじゃ」
久米が急に車を停めて下車する。
玉藻も沙織の治療を中断し、車の外へ出ていく。
【沙織】
「何? どうしたの?」
車の後部ドアを開ける久米。降りるよう沙織に促す。
【紅葉鬼人】(声)
「着いたようじゃ」
○3.江ノ島邸前(夜)
門は固く閉ざされている。
沙織が車を降りてくる。
【沙織】
「……」
静かにゆっくりと門が開かれる。
【沙織】
「ここにいるんだよね? なつぽい」
【紅葉鬼人】(声)
「その筈だ」
久米と玉藻が敷地へ入っていく。
【沙織】
「(不安そうに)……」
【紅葉鬼人】(声)
「心を掻き乱すな」
【沙織】
「だね」
【紅葉鬼人】(声)
「夏海を取り戻すのは我らしかおらぬ」
【沙織】
「(決意し)……」
久米と玉藻の後を追い、沙織も門をくぐる。
〇4.江ノ島邸の玄関前(夜)
江ノ島が無造作に立って沙織を待ち構えている。
【江ノ島】
「(不敵な笑みを浮かべ)……」
【沙織】
「(江ノ島と目が合い)……!」
江ノ島の前で立ち止まる久米と玉藻。江ノ島の顔をじっと見つめている。
沙織が江ノ島の近くまで歩いてくる。
【江ノ島】
「ご苦労さん」
久米と玉藻はその場に崩れ落ち、滲み込むように土へ還る。
【沙織】
「(困惑し)!」
【江ノ島】
「いらっしゃい、阿藤沙織さん。中で多岐夏海さんがお待ちかねだ」
【沙織】
「この……!(江ノ島に詰め寄る)」
【江ノ島】
「(平然と沙織を見つめ)……」
【沙織】
「(怒りを堪え)なつぽいを……あの子を返して」
【江ノ島】
「好きに連れていっていいよ。僕に勝てれば、だけど」
【沙織】
「あたしもあの子も関係ないでしょ!」
【江ノ島】
「君には大ありだよ。連帯責任だから。大姥様と」
【沙織】
「ざけんな‼」
【江ノ島】
「まぁ、落ち着いて。恨むなら、あのヤマンバだ」
力を貯め込むように目を閉じて顎を引く沙織。顔を上げると紅葉鬼人と一体化している。
【沙織/紅葉鬼人】
「神の名を騙るにしては下賤だな」
【江ノ島】
「(喜色満面で)進化したのか! 弟子どもがウォーミングアップになったな」
【沙織/紅葉鬼人】
「どれも、お前に似て慢心が過ぎる」
【江ノ島】
「最後のは手強くなかった?」
【沙織/紅葉鬼人】
「自暴自棄と不惜身命の違いも分からぬ阿呆ではないか」
【江ノ島】
「センスはあった。じゃなきゃ、僕だって拾わない。生きててもしょうがないから死刑になりたいとか言って、通り魔やって何人も殺すか? 普通。そんな奴だぞ?」
【沙織/紅葉鬼人】
「よくぞ俺と見抜いた」
【江ノ島】
「初めは半信半疑だったよ。でも、考えた。あんたのことだ。一目見れば術のコピーぐらいできる。マスターする時間は腐るほどあったろうし」
【沙織/紅葉鬼人】
「その歳月が、お前の施した封印も解いた。偶さかな」
【江ノ島】
「だからマークした。でも、ただの女の子だった。芝居もしてない。憑依転生なら地が出るからわかる」
【沙織/紅葉鬼人】
「……」
【江ノ島】
「でも、念には念を入れた。それで友達を餌にしたんだ。大姥様なら絶対無視するだろ? でも、なぜか喰い付いてきた。力も昔のままで」
【沙織/紅葉鬼人】
「……」
【江ノ島】
「術が不完全だったんだな。大姥様ともあろうお方が」
【沙織/紅葉鬼人】
「嫌味な奴よ」
【江ノ島】
「今度は失望させないでくれ」
江ノ島が足を踏み鳴らすや、沙織の体が僅かに浮いて足元から落ちていく。
○5.黄泉比良坂
落ちてくる沙織。無様な着地を晒す。
【沙織/紅葉鬼人】
「くっ……!」
【江ノ島】
「ダサっ」
既に降り立っている江ノ島は、山伏姿で金剛杖を手に立っている。
【沙織/紅葉鬼人】
「(江ノ島を睨み)……」
【江ノ島】
「どうだ? この格好。エモくない?」
江ノ島の遠く後ろの空高くに夏海が横たわって浮いている。
【沙織/紅葉鬼人】
「(夏海に気付き)!」
江ノ島は傍らにある透明の壁に手を掛ける。
【江ノ島】
「これも、もういらないな」
透明な壁のドームが、江ノ島の触れている部分を起点に消失していく。
【沙織/紅葉鬼人】
「その増上慢を悔いるな」
力強く立ち上がる沙織。改めて江ノ島と対峙する。
【江ノ島】
「なぁ、あの頃を思い出さないか?」
【沙織/紅葉鬼人】
「(鼻で笑い)何やら心にしこりでもあるようだな」
【江ノ島】
「!(むっとする)」
沙織が素手で江ノ島へ殴りかかり、当て身技の応酬が始まる。
江ノ島が強烈な正面蹴りを沙織の胸部へ打ち込んで均衡を破る。
【沙織/紅葉鬼人】
「(胸を押さえて江ノ島を睨み)……」
【江ノ島】
「鎌使えよ。遠慮すんな」
金剛杖を振り回す江ノ島。優雅に身構える。
沙織もハーネスから鎌を抜き、二刀流に構える。
江ノ島が横なぎにした杖の先を沙織がかわし、再び戦いが始まる。
やや劣勢の沙織。隙を突かれ、江ノ島に金剛杖を頭上で寸止めされる。
【江ノ島】
「(得意げに)僕も進化はしてる」
【沙織/紅葉鬼人】
「その傲慢が命取りだと言った筈だ」
沙織が即座に金剛杖の先を掴む。
【江ノ島】
「あんたを倒すとこ、動画にして上げたいよ。バズるだろうなぁ……」
沙織と江ノ島の金剛杖を掴む手と腕に力が籠められ、力比べになる。
【沙織/紅葉鬼人】
「人目に晒して何になる」
【江ノ島】
「それが現代の栄誉なんだよ」
【沙織/紅葉鬼人】
「タワケが!」
金剛杖を振り払う沙織。素早く後方へ跳び、江ノ島から離れる。
沙織を追うように江ノ島が敏捷に間合いを詰め、再び戦闘開始。
終始押され気味の沙織。反撃も精彩を欠いており、負傷を重ねる。
【江ノ島】
「(手を休め)おいおい、どうした?」
【沙織/紅葉鬼人】
「(夏海を一瞥し)……」
江ノ島が沙織の視線を追う。
【江ノ島】
「あの子が気になってんのか!」
沙織は舌打ちする。
【江ノ島】
「じゃあ、こうしよう」
江ノ島は夏海に向けて指を鳴らす。
急に夏海が数メートルだけ落下し、また宙に留まる。
【沙織/紅葉鬼人】
「⁈」
【江ノ島】
「時間が立つと少しずつ落ちてくる。地面の下に沈めば黄泉だ。あの子は死ぬ」
【沙織/紅葉鬼人】
「(顔をしかめ)卑劣な……」
【江ノ島】
「でも、これで真剣になれるだろ?」
沙織が江ノ島に挑みかかり、戦闘が再開する。
戦いの合間にも夏海は断続的に落下と停止を繰り返す。
【沙織/紅葉鬼人】
「(夏海が気になり)……」
隙を窺う江ノ島の攻撃を受ける沙織。負傷するも反撃に出る。
再び夏海の落下。
【沙織/紅葉鬼人】
「(夏海に目をやり)……!」
【江ノ島】
「集中しろよ!」
江ノ島の突撃に遭い、沙織は深手を負う。
ほぼ互角の攻防で沙織も江ノ島も負傷が増え、疲労も蓄積していく。
またも落下する夏海。いよいよ地表へ近づく。
【沙織/紅葉鬼人】
「(夏海を振り向き)‼」
【江ノ島】
「そんな余裕ねぇだろが!」
江ノ島が沙織を金剛杖で彼方へと叩き飛ばす。
何とか立ち上がる沙織。夏海のほうを見る。
【沙織/紅葉鬼人】
「‼」
地面まで数十センチの距離に留まっている夏海。それを捉えようと地表から無数の黒い触手がうようよと伸び始める。
【江ノ島】
「終わりだな」
【沙織/紅葉鬼人】
「うおぉっ‼」
突然、沙織が猛烈な勢いで走り出す。
うねる触手が次々と夏海を捕らえ、地下へと引き込んでいく。
【江ノ島】
「(満足げに)……」
夏海に向かって頭から滑り込む沙織。精一杯に手を伸ばす。
夏海が沙織の目の前で地下へ飲み込まれていく。
【沙織/紅葉鬼人】
「うあぁぁぁっ‼」
うつ伏せる沙織。動かなくなる。
【江ノ島】
「惜しかった」
おもむろに立ち上がる沙織。江ノ島を振り返って睨み付ける。
【沙織/紅葉鬼人】
「終わったのは、お前だ」
沙織が江ノ島へ攻撃を仕掛け、圧倒的な強さで反撃の余地を与えない。
【江ノ島】
「くそっ!」
沙織は江ノ島の両手両足の腱を次々と切断していく。
【江ノ島】
「くっ……!」
倒れる江ノ島へ馬乗りになる沙織。二つの鎌を大きく振り上げる。
【沙織/紅葉鬼人】
「?(傍らへ振り向く)」
地表の一カ所からぶくぶくと泡が上がってきている。
【江ノ島】
「やれよ」
沙織は江ノ島に向き直る。
【沙織/紅葉鬼人】
「……」
【江ノ島】
「どうした⁈ 殺せ‼」
沙織が改めて鎌を振り上げる。
泡の出ている所から夏海の上着が浮き上がってくる。
【沙織/紅葉鬼人】
「⁈」
【江ノ島】
「(落胆し)……」
【沙織/紅葉鬼人】
「空蝉とは」
【江ノ島】
「思ってたより早くバレた」
【沙織/紅葉鬼人】
「何故だ?」
【江ノ島】
「(溜息交じりに)愛想が尽きた。生きづらい世の中に。人類の未来は決して明るいもんじゃない」
【沙織/紅葉鬼人】
「夏海は、どこにいる?」
【江ノ島】
「最後のゲームには、あんたが相応しいとずっと思ってた」
【沙織/紅葉鬼人】
「どこにいる?」
【江ノ島】
「僕の家だ。二階のゲストルームで寝てる」
【沙織/紅葉鬼人】
「……」
立ち上がる沙織。ふらりと歩き出す。
【江ノ島】
「おい‼ どこ行く!」
沙織は夏海の上着を拾い上げると、そのまま江ノ島を置いて去っていく。
【江ノ島】
「おい‼ 待てって!」
【沙織/紅葉鬼人】
「……」
沙織は歩きながら密かに手元でスキットルを抜き、蓋を開ける。
【江ノ島】
「(力なく)おい……」
不意に沙織が立ち止まる。
【沙織/紅葉鬼人】
「はて、大伴仙人よ」
【江ノ島】
「なんだ?」
振り返る沙織。スキットルの口を江ノ島へ向けている。
【江ノ島】
「‼」
江ノ島は、たちまちスキットルへ吸い込まれていく。
スキットルが江ノ島を平らげるや否や、沙織が悠々と蓋を閉める。
【沙織/紅葉鬼人】
「(スキットルを顔の前で振り)殺してたまるか。そこで慎みでも学べ」
<続く>
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