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クラッシック音楽と青春のたまり場

あんたは近所のマクドナルドがガラの悪い若者のたまり場になってたりするかい?

我が家の近所のマクドナルドは幸いにもそう言う感じじゃないんだけれど、どうも世界各国のマクドナルドは「たまり場」になるリスクと戦っているらしい。

まあ、たまり場になることで利益を得る構造だべよって感じもするけれど、たしかに治安が悪くなるのはいただけない。

なんつっても周辺住民からの苦情があつまるかしらんし、そもそもたまり場として使っているヒトたちはあんまりお金落とさないだろうし。

そんな課題を抱えたマクドナルドはある実験を始めたらしい。

今回はその実験について眺めてみる回だ。

ヒトの工夫ってのは実に幅広いよな。見てみようぜ。

マクドナルドがやってみたこと

とりあえず、俺が見かけた記事はこれだ。

なんでもイギリスの一部のマクドナルドでは夕方以降、Wifiを切断してその上でBGMをベートーベンとかのクラッシックに切り替えたんだそうだ。

Wifiはわかるけれど、クラッシックはたむろしにくくなるんかね?

確かに「ジャジャジャジャーン」とか流れているところで恋バナは出来ない気もする。
いや、でももともと運命って恋を含めた人生の曲なんだよな。
まあ、それでもやっぱ「ジャジャジャジャーン」ってなってる中で、「おめえは誰がスキなのよ?」とか聞けねえわな。

クラッシック音楽と青春の親和性

じゃあ、他の青春的な会話とクラッシック音楽の親和性はどうなんだ?

「ジャジャジャジャーン」
「おめえ、あのときのパスはもうちっとスペース意識してないとやばいべ?」
「ああ?!てめーがあそこに駆け込むくらい走り込んでりゃ確実に一点取れただろうが!」
「パパパパ~ンパ~ンパ~ン」
「……場所移すか」
「そだな」

おお、なんか若者が寄り付かなくなる感じがイメージできる。

うん、ブルーロックにハマっているのが目に浮かぶようなんだってのは意識しているよ。
しゃあねぇじゃん。オモロイんだから。

あと青春って言うとなんだ?

いわゆる不良マンガ的なヤツらってことだよな。

じゃあ、やっぱこれだよな。

でも、なにげにこの作品の登場人物ってマクドナルドとかの一般的なところでたむろしてないんだよな。

武丸がマックにいるのって想像できないもんよ。

普通に教室で話してたり道端で話しているんだよなあ。
今回のマクドナルドの話しに絡めるのは無理がある気がしてきた。

でも一応やってみよう。

「事故る奴は、、不運(ハードラック)と踊っ(ダンス)ちまったんだよ」
「ジャジャジャジャーン」

……いいのかこれ。

青春というイメージ

こう考えてみると、俺の中でイメージしている青春ってのは確かにクラッシック音楽と結びついていない気がする。

実際、クラッシック音楽を聞いて「いいなぁ」って思ったのって結構年齢を重ねたときな気がするしね。

逆に少年少女にそのときに感じた魅力みたいなものを伝えろって言われても、まったく言語化出来る気がしない。

「なんかブワ~って感じ」

ほら伝わらない。

例えばワーグナーとかめちゃくちゃかっこいいと思うわけよ。

でも、このかっこよさってのは、俺らが憧れていた学校の先輩のかっこよさじゃない。
もっと言うなら憧れのスポーツ選手のかっこよさでもない。

なんつーのか。道なき道を作り上げてきたような、そう言うかっこよさだと思うんだよな。

そんなんさ。
20年も経験を積んでいないような子どもたちが理解出来っこないじゃんか。

いや、音楽性とかの意味では理解するやつは一定数いるとは思う。
たぶん、その音楽から自分が経験してきた道を想像するって楽しみ方は出来ないよねって話なだけね。

で、その道ってのが体の中に意識できないと、こう言うクラッシックってのは「雑音」になりさがっちまうってのがもしかしたらあるのかもしれない。

その意味ではマクドナルドの実験はなんかしら成果を残すのかもしれないな。

なあ、あんたはどう思う?

クラッシック音楽と音楽に関わり合いのない青春は反発するもんだと思うかい?

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