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特攻の拓が売れている

あんたにも夢中になって読んでいたマンガってのがあるかい?

俺にもいくつかあるんだけれど、その中の一つに特攻の拓ってのがあるんだよ。

この特攻の拓ってのは長らく絶版状態で、電子書籍にもなっとらんので、新しい読者を獲得するのが難しい状態だったんだけれど、復刻版を出し始めたらしい。

そしたら、結構な売り上げを叩き出しているらしく、重版(本を作りたして世の中に流通させること)を決めたんだそうだ。

最終回が1997年だから、26年も前の作品なのにスゲーよな。

今回は特攻の拓の魅力を思い出してみる回だ。

ちっと俺の思い出話に付き合ってくれよな。

ひ弱な少年が主人公

特攻の拓って作品は多くの不良マンガに影響を及ぼした作品だと思うんだよね。

そして、不良マンガの主人公が「弱い」って言うステレオタイプを完成させた作品だとも思う。

弱いくせに、友達のためには躊躇なくボコボコにされるようなところに突っ込んでいく。
場合によっては涙を流しながら突っ込んでいく。

その姿が実に読み手の感情を刺激するんだよな。
「おいおい、拓ちゃんダイジョウブかよ?」ってね。

この構造って結構秀逸なものだと思うんだよ。
主人公と読者を同一視させるってことを意識しているものだろうって想像できる。

そうなったら、読み始めたらもう読むことを辞めるなんて出来ないよな。

バイク小僧のこだわり

キャラクターとしての魅力もいろんな表現で描かれている。

なかでもバイクに対するこだわりってのが半端ないってのはほぼ全キャラに見られる感じがする。
あ、男性キャラだけかな?

Z IIだとかFourだとか連載当時でも旧車と呼ばれるたぐいのバイクたちが走り抜けていく様は俺たちをワクワクさせたもんだ。

パーツについてもデビル管だとかロケットカウルだとかペンゾイルだとかって言葉はこのマンガで知ったなあ。

特に「スピードの向こう側」なる表現は秀逸だったと思う。

少年たちが抱えている閉塞感みたいなものを見事に表現していたと思うんだよな。
その閉塞感の向こう側を手に入れた奴らは簡単に命を落としてしまう。

これって今考えてみれば、スピードってのは社会を隠喩したものだったのかもしれないな。

音楽へのこだわり

もう一つ、欠かせない要素として描かれているのが音楽だ。

特攻の拓という作品の中で、唯一力以外の要素として価値観を共有出来ていたものだったと思う。

スピードの向こう側については一部のキャラクター(武丸とか)は共有していなかった気がするしね。

それでも音楽だけはある種の敬意みたいなものが描かれていたと思う。

その音楽の中心にいたのが天羽セロニアス時貞。

特にギターのエフェクトに対するこだわりが当時の俺にはめちゃくちゃ響いた。
しかもその音楽性っていうのが暴動に巻き込まれた亡くなってしまった父親という幼少期の壮絶な体験と、その父親が残してくれたエフェクター。
さらにはきっと精神的な支柱になっていた宮沢賢治の文学だったんだよね。

俺なんか有名どころの宮沢賢治のフレーズはみんな特攻の拓で学んだ気がする。

そんな言語を経由しない感情みたいなものが、不良小僧たちの心を揺り動かすシーンは鳥肌がたった。

拓が力を使う理由

そんないろんな魅力が突っ込まれている作品だとは思うけれど、基本は主人公の拓の友情物語だと思う。

それを最も象徴しているのはどこになるんだろう?

最終回ももちろんそうなんだと思うけれど、個人的には緋咲薫と拓とのタイマンだった気がするんだよ。

このタイマンはいわゆる縄張り争いのようなものとは全く関係がないところで行われている。

拓が緋咲とタイマンした理由。
それは他ならぬ緋咲のためだった。

詳しくはぜひとも読んでもらいたいけれど、このときに感じたぐちゃぐちゃの感情ってのは今も印象に残っている。

拓が自ら、そのなけなしの力を使って誰かに挑む理由って、いつだって「誰かのため」なんだよな。

なあ、あんたはどうだい?

特攻の拓を読んでみたくなったかい?

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