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えんとつ町のプペルにあやかる

えんとつ町のプペルの映画予告、もうあんたも見たかい?

何度かnoteにも書かせてもらっているけれど、俺はえんとつ町のプペル原作者である西野亮廣さんのオンラインサロン「エンタメ研究所」に入らせてもらっている。

このエンタメ研究所では日々西野亮廣さんが仕掛けていることの最前線での出来事や戦略を結構な濃度で毎日共有してもらっている。

その中ではこの映画についての共有もされていて、更には読者である自分たちがどういう動きをすれば何が起きるかってアドバイスもしてくれている。

今回は、えんとつ町のプペルという作品に思いを馳せつつ、俺たち発信者がやるべきことってやつを考えてみる回だ。

ちっと俺の頭の中の整理に付き合ってくれよな。

えんとつ町のプペルという作品

えんとつ町のプペルって作品は非常に多くの戦略から作られている。

まず絵本って商品がどういう商品かってことから整理していこう。

絵本は書籍の中では珍しい「中身がわかっていたほうが売れる本」だ。
なぜなら、絵本は絵本を読む読者が買うのではなくて、絵本を読んでもらいたいヒト(親とか親戚とか)が買うものだからね。

だから、自分が小さい時に読んでもらった絵本を子供にも買い与える。
何しろ自分が楽しかったって経験があるんだから、安心して子供にも楽しんでもらえるってもんだもんね。

そう、この絵本の特徴を踏まえてえんとつ町のプペルという絵本の販売戦略は練られている。

その一番目立つ戦略が全ページ無料公開ってやつだよね。

結構な反発があったらしいけれど、この全ページ無料公開って戦略は、絵本が中身を知ってもらったほうが売れる商品だってことをわかっていれば、非常に理にかなった戦略だってのは、まあそうだよな。

他にもチームを組むための予算を作るために初版部数をある程度確保するやり方だとか、利益を創出するタイミングを印税においてないとか、ありとあらゆる戦略が練り込まれている。

詳しくはエンタメ研究所に入ってみてくれよな。

発信者として考えるべき戦略

で、そんなありとあらゆる戦略をぶっこまれて、待望の映画化ってわけなんだけれど、単純にこの映画を楽しみにするだけじゃなくて、俺たちは発信者としての戦略ってのも考えていかなきゃいけないはずだよな

何?言っている意味がわかんないって?
まあ、説明させてくれよ。

俺たち発信者は自分の言葉ってやつが多くの人に届いて欲しいって思っているじゃんか?

ところが、俺なんかは普通に誰も知らないそこいらのオッサンなので、誰も好き好んで俺の発信する内容なんて読みゃ~しないわけじゃん?

これと同じ構造が芸能界にも有るってことらしい

今まではテレビというメディアを通じて芸能人を俺たちは楽しんでいた。
そして昔はテレビはちっちゃかったけれど、どんどん大型化が進んでいった。
その大型化に伴ってバラエティ番組では大人数の芸能人を一つの番組に突っ込んでいった。
ひな壇芸人ってのはその象徴的な存在だよね。

この大人数の芸能人をパックで番組に突っ込めるってのは非常に芸能界の人材を循環させるために都合が良かった。
売れている芸能人とまだ売れていない芸能人をセットで番組に出しておけば、まだ売れていない芸能人を世の中に認知してもらうことが出来る。

認知が進めば売れていなかった芸能人も商品価値が徐々に高まっていくことになるので、今度は商品価値が上がった芸能人とまた新しい売れていない芸能人をセットで番組に突っ込むことが出来る

こうやって芸能界の人材の新陳代謝を進めていったってことなんだそうだ。

ところが、デバイスにスマートフォンが出たことによって、メディアに求められるものが「より自分用にカスタマイズされた娯楽」に変化してきている。

要するに画面がちっこいので、好きな芸能人だけが出ているコンテンツにニーズが集まるようになってきているってことだ。

こうなってくると、セットで番組に突っ込むって戦略が取れなくなってくる。今までの方法では売れていない芸能人を売れている芸能人に化けさせることが出来ないってわけだ。

な?まだ売れていない芸能人の立場と俺たち無名の発信者っておんなじ立場だと思わないか?

コンテンツにあやかる

そこで、俺たち発信者が取るべき戦略ってのが何かって話になるんだけれど、おそらくはコンテンツにあやかるってことなんじゃないかと思うんだ

例えば、えんとつ町のプペルと言うコンテンツはさっきも言ったとおりスゲー勢いで戦略が込められているコンテンツだ。
要するに売れている芸能人みたいなものだよな。

しかも絵本に至っては全ページ無料公開しているので、その中身について触れることもオープンに出来る。

だからえんとつ町のプペルの深読みしてみるコンテンツとかも俺たちは作ることが出来るわけだ。

しかも、俺とあんたでは深読みするポイントが違うので読み手としては、その観点の違いみたいなものも楽しめるし、何しろ映画えんとつ町のプペルの宣伝にもなる。

どうよ?この誰も損しない感じ。

作品を味わい尽くすことで価値を生む。

それが俺たち無名の発信者が取るべき戦略だと思うんだよね。

なあ、あんたはどう思う?

俺たちは何にどんなあやかり方をするのが良いと思う?

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