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[小説][バラッド]-序章-⑥

歌えないオッサンのバラッド
-序章-⑥


「で、実際の所。どうするよ大将」
リサが出ていった後、タカがコの字型のソファーの斜向かいに座って俺に話しかけてくる。

「どうもこうもあるかよ。お互いに肚を割って話す。それしかねぇじゃねぇか」

「まあ、割った肚の中に大蛇がいるか、はたまた運命なんつーもんが収まっとるかもしれん」
トムがさっき頼んだテキーラのショットを一気に流し込見ながらそう言った。

「いずれにせよ、三人にはキツイ夜になるだろうぜ」

んなこたぁ、ここにいるママを含めた四人が嫌ってほど分かっている。
でも、俺たちにはリサの涙をほっておくほど世の中を遮断できない。

情けないことに、その本音を三人が共有するという方法しか、俺たちには思いつけなかったんだ。

「まあ、さっきトムは五分五分って言ってたけれど、俺はたぶんほぼ確実に戻ってくると思うね」
タカが天井を見るともなく視線を泳がせながらつぶやく。

「………聞いた・・・のか?」
トムがタカをじろりと睨んだ。

「……ああ。必要なことだろ?」
タカは肩をすくめながら答える。

しばらく重苦しい沈黙の空気が漂った。
ママはそのことを知ってか知らずかBGMを静かな音量で流し始めた。

「Softly, As in a Morning Sunrise、か。なかなかに皮肉が効いていやがるな」
「でも、あんたたちが朝日への扉を見せて、リサちゃんがそれを開けるしか無いんでしょ?ワンナイトトラブルシューターさん」

俺はママの言葉と選曲に肩をすくめながらつぶやいた。

「俺も、場合によったら見せないと・・・・・いけないかもな」

リサ

リサは「葵」を出てからまっすぐに自分の会社に向かっていた。

リサの会社は駅を挟んで反対側にあった。
距離にして10分くらいだろうか。
ちょっと奥まったところにあるので、オフィスとしては使い勝手が良くないところもあるけれども、リサはその静かな環境がスキだった。
オフィス街と住宅街の間にあるようなその場所がスキだった。

でも、今のリサにとってはたまらなく重い道のりだった。

どうやって話そう……。

そんな言葉が頭の中を絶えず旋回し続けている。

そうこうしているうちに、通い慣れた道を通りながらリサの眼の前にはリサの会社の入っているビルが現れた。

この時間はビルの出入り口はしまっているので、通用門からカードキーでビルに入る。
「遅くまで大変だね」
白髪混じりの守衛さんが声をかけてくれる。

「お互いにね」
無理やり笑顔を作ってリサは返事をした。

そのままエレベータに乗り、オフィスのある4階についた。
リサは一つ深呼吸をしながらオフィスのカードキーでドアを開いた。

案の定、風間と橘はそこにいた。
あと別プロジェクトの数名が働いているみたいだ。

橘がふと顔を上げてリサに言う。

「なんだ?忘れ物か?」

忘れ物といえば忘れ物なのかも知れないと内心皮肉めいた様な感覚を押し殺して、意を決してリサは二人に向かって直立不動の姿勢で話し始めた。

「お仕事中申し訳ありません。
どうしてもお二人とお話する必要があることがわかりまして、お二人の時間を今からいただけませんでしょうか」

我ながら緊張を全面的に押し出した話し方だったとリサは思った。

そんなリサの目を見て、風間は橘に問いかけた。

「橘。さっきのプレゼンのドラフトへの指摘事項の修正は後30分ってところか?」

「まあ、後30分ってところですかね」
橘が風間の意図を汲み取ったような表情で口の端を少しだけ上げる。

「わかった。なら、その修正は明日小泉に引き継いでくれ。それで良いな?小泉」

「はいっ」
リサは返事と同時に頭を下げた。

おもむろに荷物を片付け始める二人。

正直リサはこんなに何も聞かずにこの二人が動いてくれるとは思っていなかった。

まずは「どうした?」くらいのことは聞かれると思ったんだ。
ところが、まだどこで話すか言っていないのに、まるでそれが自然の様に出かける準備を進めていく。

「今、話をする必要があるってことは、昼間のオフィスじゃダメな話なんだろう?なら話が出来る場所に連れて行ってくれ。小泉」

そう。風間さんはこういう言葉の端々から情報を拾って、それを行動に移すのが異様に早い。

そして、その小泉の意図を瞬間的に把握して、橘も明日の小泉への作業引き継ぎ場所に軽くコメントをつけてパソコンの電源を切った。
まあ、今回手を付けていた資料はリサがベースを叩いて、それを橘に補完してもらうって形だから引き継ぎそのものはすんなり行くとリサは踏んでいた。

ただ、そんなにお互いを理解し合っている仲である二人でも、方針の違いによって激論になることもしばしばだ。
完全にお互いを信頼し合っているからのこと。
阿吽の呼吸ってのはこういうのを言うんだろうな。

リサはその呼吸の間に入っていけるのだろうか。

漠然とした不安を抱えながら、三人はオフィスを出た。

つづく


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