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俺が泣くために必要なもの

あんたは自分の「泣き」のポイントってやつを考えたことが有るかい?

オッサンともなると、涙もろくなるのはなんつーか常道ってやつだよな。
俺たちは24時間テレビを見ちゃ~泣き、アニメを見ちゃ~泣き、なんなら突破ファイルの再現ドラマを見るだけで泣いちまう。
#みんなで協力して誰かを救うとか見るだけで泣けない

でもふと思ったんだよ。
あり?なんでこの話では泣けないんだ?って話がたしかにあるってことを。

今回は俺の「泣き」ポイントを振り返りつつ、物語の要素を分析してみようって回だ。

あんたの話作りの参考になるかもしれないしならないかもしれないけど、付き合ってくれよな。

泣ける話に盛り込まれた泣けない部分

例えば、俺の中で泣ける話の代表格ってなると、HUNTER×HUNTERのキメラアント編ってのがある。

この話を知っているあんたならわかってくれると思う。

このキメラアントの王メルエムと軍棋の天才少女コムギの物語は涙なくして見ることができない物語だよな。

盲目の天才少女コムギは軍棋というゲーム以外では全く才能を発揮することができない非常に弱い存在として描かれている。
対してキメラアントの王メルエムは多分1対1の強さで評価すれば世界最強の存在だ。

メルエムはその強さに伴って生じる世界に対しての責任を真正面から受け止めようとして、最初はその強さに準ずることで責任を遂行しようとしていた。
でも、コムギという弱さと軍棋という1点において自分を完全にしのぐ存在を目の当たりにすることで、強さ以外の価値があることを確信する。

そして、最期はただコムギといたいという自分の欲求に従って死んでいく。
強さに伴う責任を全うできなくなったメルエムはどんな行動をしてもおかしくなかった。
だけれども、彼自身の欲求を与えてくれたコムギという存在を得た「幸せ」というものに自分の身を投じることができたことで、メルエムはこれ以上無いと言えるほどの充足感の元に命を終えた。

いやぁ、泣いちゃうやつだよ。

ところがだよ?
俺の感覚だと、このメルエムに心酔して付き従っていた王直属護衛軍のピトー、プフ、ユピーの死について、涙が流れた記憶がない。

この3匹のメルエムへの忠誠心はもはや「愛」と言っても過言ではないほどのものだと思うんだよ。

でも俺の涙は彼らからは生まれなかったんだよな。

ピトーの死で涙しない理由を考える

まあピトーはこの物語の中で最も恨みをかっている存在だとは思うんだよ。
なんつってもカイトを殺した張本人だしな。

でもさ、ピトーがメルエムから託されたコムギを文字通り命ととしてゴンから守る姿は俺たちに少なからず動揺を与えたと思うんだよ。

そして、メルエムを守るために死してなお自分の念能力をもってゴンを止めることに成功している。

そこに有るのは確実にメルエムに対する思いであるし、そのメルエムの思いに答えたいっていう非常に「人間的な」思いだったと思うんだよ。

ところが、その思いを感じている俺はピトーの死に対して涙が出てこない。
これはどういうことなんだろう?

同じ様に一人のヒト(メルエムは虫だけど)に対して思いを持っているってことではメルエムもピトーも変わりは無いはずなのにな。

こっから先はだいぶ俺の思い込みが入ってくる話だと思う。
でもさ俺は思うんだよ。
「その思いをどうやって手に入れたのか」ってのが俺にとって大事なんだと思ったんだよ。

ピトーは生まれたときからメルエムに仕えるように生まれてきた。
それは生まれてから死ぬときまで一切替わることが無い。

メルエムが生まれる前からピトーはメルエムが生まれることに備えていた。
メルエムを守る強さが自分に有るのかを確かめるためにカイトとも戦った。

そして、最期にはゴンの力を確信して、その力がメルエムに届かないようにできたことに安堵すらおぼえる。

対して、メルエムは生まれた時に与えられた「王としての責務」にほぼ最期まで準じていた。
多分、自分が貧者の薔薇の毒素で死ぬことを理解するまでメルエムは自分が王として担うべき責務をずっと達成しようとしていたと思うんだ。

それがかなわないという自らの死という祝福によってメルエムは救われた。

ところが、ピトーにはその救いが無い。
ただ生まれた時に与えられた責務に従いながら死んでいく。

ああ、そうか。
俺は自分で獲得した悲しみと喜びに涙しているのか。

なあ、あんたはどう思う?

俺たちは誰かの「達成」に涙しているんだと思うかい?


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