天皇陛下に胸を張れる仕事
天皇陛下ってどういう存在なのか。それをあんたは子どもたちにどうやって伝えているんだろうな?
即位の礼が本日行われる。
あらためて今日がどういう日なのか、息子に教えようと思った時に天皇陛下という「役割」がどんなものなのかって、案外言葉にするのが難しいって事に気づいた。
日本国の象徴。日本が日本であるってことそのものと言っていい存在。
今回は天皇陛下について考えてみつつ、自分の仕事で自分が担いたい役割ってやつについて考えてみる回だ。
チットばっかし、一緒に考えてみようや。
天皇という力なき権威
天皇陛下ってのはなんとも不思議な存在だ。日本でもっとも権威ある存在でありながら、日本国民ではない。
国民の幸せを願う祭祀王でありながら、日本人ではないんだ。
そして、天皇陛下は日本国民の代表が決めたことを「承認」してくださる。
その「承認」には「拒否」という力はない。
あくまで、国民が決めたことを「承認」する。
天皇陛下は日本で一番偉い何も決める権利を持っていない人ってことだ。
今の上皇陛下が御代替わりしたことだって、天皇陛下は何も決めていない。
あくまで天皇陛下のお気持ちを国民が推し量って御代替わりが実現したってだけだ。
この権利と権威の分離というのが天皇という存在のもっとも特徴的な要素だと思う。
このことを息子に説明したら息子はこういった。
「かわいそうだね」と。
俺たちが担っているもの
天皇陛下はかわいそう。
そのストレートな感覚は俺たちの心の片隅にちっとはある感覚だよな。
何の自由もない。
移動中に窓の外の国民に手を振らなかっただけで、なにか言われる。
何かを求めるような発言をしようものなら、権威と権利が分離されている天皇の位置づけが揺らいでしまう。
完璧ながんじがらめだ。
そうまでしなければ日本という国の象徴になりえない。
自分の行動一つが日本という国そのものを揺るがしかねない。
それだけのプレッシャーと戦いながら、天皇陛下自身には何のメリットもない。何の権限もない。
なら俺たち国民はどうするべきなのか?
せめて天皇陛下に恥ずかしくない国造りってやつをしなければ申し訳ないってもんだよな。
じゃあ、その「恥ずかしくない国造り」ってどうすれば出来るのか。
まあ、ありきたりなことになってしまうけれど、きっちり自分の仕事ってやつを形にしていくってことなんじゃないかと思うんだよな。
「自分の仕事」を見つめる
俺たちオッサンは日々の仕事に邁進しながら、1年後、5年後の自分ってやつを想像する必要がある。というか会社にそれを求められる。
組織を率いてプロジェクトを成功に導きたいのか。
技術を極めて、職人として過ごしていきたいのか。
そこにあるのは自分の自由意志だ。天皇陛下のようながんじがらめはない。
俺たちは俺たちの意思で俺たちの生き方を決めることが出来る。
「○○さえなければ」「○○のせいで」とか言っている間に、俺達は俺達の意思ってやつを真正面から考えなければ天皇陛下に自信をもって「この国をこうしたい」って言うことも出来やしないからな。
なので、俺は俺の意思を問うてみた。
「お前はどうやって働いていたいんだ?」ってね。
この問はなにげに難しい。このことに答えを見出して働いているやつって、結構レアなんじゃないかと思う。
だからこそ、俺たちはこの問に無理矢理にでも答えを持っておかないといけない。
そこで俺はこんな答えを出した。
「お客様と向き合っていきたい」ってね。
お客様と向き合う仕事
「お客様と向き合う」という答えは自ずと一つの選択肢を狭めることになる。
すなわち、組織の中で昇進していくという道だ。
組織の人々と向かい合うよりもお客様と向き合うってのはそういう選択だ。
当然、昇進を伴わないのだから、給料も頭打ちになる。
それでも、現場に俺は居続けたい。
仕事の達成感って「誰かが喜ぶ」ことを味わうってことだって思うからな。
当然、そうじゃない達成感もあると思う。
大事なのは天皇陛下に権威を押し付けている俺たちが俺たち自身に納得の行く仕事をするってことだよな。
なあ、あんたはどうだい?
天皇陛下に胸を張れる仕事、出来ているかい?
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