命の使い方
あんたの仕事場の雰囲気ってどんなだい?
システムエンジニアなんてどこも同じようなものかもしれないが、どうしたって自分の仕事で手一杯で、フォローをし合うなんてことはなかなか難しいもんだ。
それでも、出来る範囲で皆がフォローし合ってなんとかしのいでいる。
まあ、仕事は辛いもんだなんて、思いながら皆が過ごしている気がする。
でも、その辛いはずの仕事に文字通り命を燃やした人を俺は知っている。
その方、鴨居サンのことについて今回は語ってみよう。
ほんと、仕事ってなんなんだろうな?
鴨居サンとの出会い
鴨居サンはある日、俺の所属している部署に転属でやってきた。
もともとは工場勤務の方で、会社の方針で工場が縮小し、そこで務めていらっしゃった多くの方が、配置転換の名の下、全く経験したことのない職種に転属ということになった。
鴨居サンもその一人で、慣れないシステムエンジニア(しかもお客様と直接遣り取りをするフィールドエンジニア)の仕事に就くことになった。
その時の俺はワカゾーだったので、その配置転換の意味を深くは考えることはなかった。「ふーん、部署異動なんだね」くらいの軽い感覚だった。
ただ、今の自分の感覚で言えば、この工場勤務からのシステムエンジニアへの配置転換ってのは、「なんじゃそりゃ?」ってくらいの乱暴な人事だ。
なんだろ?わかりやすい例えを考えてみよう。
給食を作ってた人が、屋台でラーメン屋をするような感じか?
※かえってわかりにくい
工場勤務でひたすらに生産ラインの生産性を管理し、その品質を上げるようなことを考えてきた人が、突然全く関係のない、お客様の業務に寄り添ったシステムを考える人になるわけなんだが、要するにそれまでに獲得していた仕事のノウハウはほとんど活かすことが出来ない状態なわけだ。
そんな状況に置かれていた鴨居サン。
自分の記憶には、鴨居サンが怒った顔はない。
困った顔もほとんど無い。
あるのは笑顔。それが印象にある人だった。
同じ部署になったため、一緒になんどか仕事をすることもあったが、その仕事の丁寧さと物静かな雰囲気は、「ああ、この人を嫌いな人っていないよね」って思わせるような人だった。
病気療養
ある日、鴨居サンが職場に来なくなった。
上司の説明では、どうやら病気で入院する必要があるってことだった。
病気ならしょうがないよね。鴨居サンの穴は皆でフォローしていこう。そんな感じで対応した記憶がある。
組織ってのはある意味ドライだ。抜けた穴はフォローでまかなえる状態が出来てしまうと、その穴がなかったがごとくに毎日が過ぎていく。
その時はなんとも思わなかったが、今になって少しそのことは心に引っかかりを覚える。職場での仲間意識ってそんなものなんだよな。なにも工夫しないと。
いたらいたで、居る前提で仕事を組むし、いないならいないで、適当に仕事をさばく。
お互いが会社の歯車。しかも変えの効く歯車だって自覚している仲間関係。
それが俺たちの職場だった。
鴨居サンの復帰
そんな状況の中、鴨居サンが晴れて現場復帰なさった。
相変わらずの笑顔が印象的だった。
でも、この復帰には裏があった。
復帰の時点で鴨居サンは余命宣告をされていた状態だったんだ。
もちろん、俺たちぺーぺーにはそんなことは知らされなかった。鴨居サン本人が俺たちには伝えないでほしいと願ったからだ。
鴨居サンは笑顔でまた慣れない仕事をこなし始めた。きちんと、しっかりと仕事をこなしていった。
俺たちは「ああ、鴨居サン元気になってよかった」くらいの能天気な感じで接していたもんだ。
でも当然のようにその日は来た。
鴨居サンのお葬式に参列したときに、工場勤務時代の仲間との写真が飾られていたことを覚えている。
写真の中の鴨居サン。やっぱり笑顔だ。
工場時代の仲間からのメッセージも添えられていた。感謝と悲しみ。その入り混じったようなメッセージは俺の目頭を刺激した。
なぜ鴨居サンは残りの命を仕事に捧げたんだろう?
仲間とのつながりを体感しながら過ごしたいから?
最期まで世の中の一部であることを感じていたいから?
今となってはわからない。
今の俺にあるのは、鴨居サンの屈託のない笑顔だけだ。
なあ、あんたはできるかい?
俺たちは、鴨居サンのように笑顔で最期まで命を燃やすことができるんだろうか?
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