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歌舞伎好きにとっての8月と言えば…

 8月の歌舞伎。昔は、歌舞伎俳優たちがこぞって夏休みに入るので芝居小屋は閑古鳥…というのが、むしろ風物詩ぐらいの状況だったよう。が、平成2年から歌舞伎座で若手(と言っても、当時は後の勘三郎と三津五郎とか…)が奮闘して納涼歌舞伎が始まってからは、状況が一変した。

<去年の8月の記録>

 ここで、手元の去年の観劇記録を見返してみると…。高砂会、音の会、歌舞伎座(第1部、第2部、第3部)、蔦之会、稚魚の会・歌舞伎界合同公演、上方歌舞伎会…と、多様な興行のオンパレード。中には、複数回観ている興行もあって、我ながらよくこれだけこなしたな、と。これに7月を加えると、歌舞伎座(昼の部・夜の部)、松竹座(昼の部・夜の部)、国立劇場(鑑賞教室)と観ているのに加え、せっかく松竹座に行くのだからと国立文楽劇場の文楽公演まで観ている始末。関西では、晴の会は見逃した…と悔やんでいたのも思い出した。9月には、研の会にも行った。歌昇・種之助兄弟の双蝶会がなかったのは残念だった。

<夏は若手の活躍の場の宝庫>

 このように、かつては閑古鳥が鳴く有様だった真夏の劇場も、大御所こそかつてのまま夏休みに入ってしまうものの、それを好機とし、普段の大御所を座頭とする座組では回ってこないような役にチャレンジする若手やお弟子さんたちの熱気で充実の様相、というのが昨今の定番だ。そして、観に行ってみると、大御所たちが悠然とこなす芸(それももちろん素晴らしい芸の数々であることは間違いないのだけれど。)とは趣の異なる体当たりのナイストライを間近に観ることで全く種類の異なる感激に見舞われるという稀有な体験が待っている。有り難い限り。

<歌舞伎の未来のためにも必要な取組>

 そうやって単にファンが楽しむだけなのであれば、ただおめでたいだけだが、やはり、若手であってもお弟子さん筋の俳優さんであっても、それぞれの演目で芯になる役柄はどのような役柄なのかを身をもって経験するということ自体が、未来の舞台を豊かにするのだろうなと思う。夏のナイストライでだれかの目に留まって、将来本興行でも大きな役が回ってくるチャンスになるかもしれないし、もしかしたら、そんな奇跡は起こらず、今後も本興行ではそこまでの大役を勤める機会は来ないかもしれない。仮に後者だったとしても、同じ舞台に大きな役で立つ他の役者が、その瞬間、どんな状況にあるかということを、経験をもって想像できるというのは俳優としての何よりもの強みになるのではないか。そんな経験を持っている若手やお弟子さん筋が増えることそのものが、歌舞伎界にとっての財産となるだろう。

<翻って今年は…>

 その点、今年は、こんな御時世のせいもあるのだろう、夏ならではの公演の数はずいぶんと減ってしまい、一見寂しいものだ。自主公演や勉強会の類がほとんどない。ただでさえ、なかなか舞台で大役を勤める機会のない俳優さんたちの機会が更に失われるのも惜しい。そんな中、国立劇場の研修生やOB、お弟子さんたちによる稚魚の会・歌舞伎会合同公演と音の会とが決行されるのはうれしいニュースだ。客席の数も減りはするけれど、世の中がこんな状況なので集客の苦労もあるだろうと思われたけれど、大盛況の様子(あまり良い席は取れなかった。)。関西では、上方歌舞伎会こそ行われないものの、晴の会は決行される。その上、別途配信用のプログラムまで用意されるという手の込みよう。御本人たちも大変なときであろうに、それほどのサービス精神を発揮してお客さんを楽しませようという心意気に感服する。

<今年ならではの収穫も。応援しよう。>

生で観られる機会としての公演の数は減っている。そのことは間違いないのだけれど、反対に、今年ならではのチャンスも生まれたのではないかなと思っている。まず、歌舞伎座。4部制、出演者・関係者も完全入れ替え。そのおかげで、体調不良の関係者が出ても、休演は本当に最小限(ある1日の全4部中1部のみ。)で済んだ。その周到さには感服するし(あまりに完璧すぎる対応で、これを演劇界全体のスタンダードにされたら、他の企業や劇団は困るだろうなと思うほど。)、客席数が半分以下になっていて大した収益にならないだろうという現実に思いを馳せると、こんなときだからこそ舞台を、という関係者の心意気に感じ入ってしまう。

さらに、そのうちしっかりレビューを書こうと思っているけれど、図夢歌舞伎という新たな試みが生まれた。歌舞伎の未来に真剣に向き合う松本幸四郎ならではのアイデアだ。また、既に絶賛するレビューを書いたが、中村壱太郎のART歌舞伎は、正にそのネーミングどおり総合芸術として素晴らしい成果を上げた。中村屋の浅草公会堂からの2日間にわたる生配信もあったし、有料・無料のオンラインのトークイベントも多数催されている。今年ならではの機会であることは間違いない。難しい時代だし、こんな取組が成功しても今年ならではの苦労は絶えないはずだけれど、こんな素敵な取組で観客である我々を楽しませてくれる興行関係者に心から感謝したい。応援する方法を考えたいと思う。

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