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キング・クリムゾン公式ドキュメンタリー映画公開記念!『ピンク・フロイド VS キング・クリムゾン』より「まえがき」を公開! ますますカオス化する現代社会を切り裂くためのヒントとして。

クリムゾンの公式ドキュメンタリー映画が10/22ロンドンをはじめ10/19には世界各国シアター、そして日本では11/5に、WOWOWでの放映が決定! さらにBLU-RAY + DVDの発売とのこと。9月にはピンク・フロイド中期の傑作『アニマルズ』の革新的リミックスがリリースされるなど、プログレ界の二大巨頭の話題は2022年にも事欠かない! そこで、5月に刊行された『ピンク・フロイド VS キング・クリムゾン プログレ究極対決 ――ロックの未来を変えた2大バンドの両極』のまえがきを、著者の了解を得まして、公開します!
 
※note用に改行やリンクなどをDU BOOKS編集部で挿入しました。


はじめに 21世紀に復権する「プログレDNA」の美学と方法論

 ピンク・フロイドとキング・クリムゾン。まさしく、プログレッシブ・ロックを代表する2大バンドである。彼らをめぐる物語でまず強く惹かれるのは、どちらもその初期において強烈極まるトラウマというか、長いバンド史をずっと呪縛しつづける「運命的な刻印」が焼きつけられたことだ。

 ピンク・フロイドは、シド・バレットという異能の天才がトラウマとなった。他の追随を許さぬサイケデリック・ポップを書き、その美形ゆえにバンドの顔ともなり、初期の輝ける成功を導きながら、しだいにLSDの魔力に溺れ、手がつけられない錯乱奇行の人となりバンドを去っていったバレット。凄まじいプラスとマイナスをもたらせた挙句、忽然と消えてしまった存在にどう向き合い、どう乗り超えるべきか? それが、ロジャー・ウォーターズをはじめとするバンド全員の呪縛となり、その苦悩と葛藤の大きなうねりから、『狂気(The Dark Side of the Moon)』(1973年)をはじめとする歴史的マスターピースが産み落とされていった。

 かたやキング・クリムゾンのトラウマは人間ではなく、『クリムゾン・キングの宮殿(In the Court of the Crimson King)』(1969年)というプログレッシブ・ロックのありようを決定づけた作品そのものだった。ロバート・フリップをはじめとする5人の卓越したアーティストが産み落とした金字塔であり、単なるテクニック云々を遥かに超えて、20代前半の若者集団が、老獪なまでに醒めた視線で「人類数十億人の苦悩と錯乱」を描ききるという、神業にも等しい領域へ一気に昇り詰めてしまったのだ。その余りの完璧さによって、黄金のラインアップはわずか一作で瓦解してしまい、その廃墟の中から不屈の天才フリップが完全覚醒し、ロック史上でも類例のない「キング・クリムゾンというアイコンの輪廻転生」が始まっていく。

 2つのバンドを語るうえでは、このようなトラウマから端を発した数十年の物語を読み解いていくだけでも面白い。そして、その先に本書の意図が浮き彫りになってくる。

 2020年代に入って、ロック・ミュージックはふたたび息を吹き返してきた。いわゆるZ世代の新鋭アーティストが百花繚乱を極めると共に、90年代以降にシーンを席巻したカリスマたちまでが続々と復権を果たしている。現在のシーンを牽引する彼らは、過去のロックの固定観念や呪縛からすっきりストレスフリーになって、軽やかなフットワークと眼差しで、時には遊び心たっぷりにロックを鳴らす。そして、世界の矛盾や醜悪さを抉り出す批評性を見せつけながら、同時に快楽性に満ちたエンターテインメントを成立させるという、ロック不変のアイデンティティをアップデートしている。
 けれども一方で、ロックが向き合うべき現代世界のさまざまなカオスは、日に日に手のつけようがないほどエスカレートしつつあり、生半可なインパクトでは切り裂けないものに化けつつある。立ち向かうべき相手も、不気味なほど手ごわくなっているのだ。だからこそロックは、表現の絶対強度をビルドアップさせて、その生命力をもっともっとタフなものに鍛え上げるべきだ。

 そのためにこそ、ピンク・フロイドとキング・クリムゾンの本質を徹底的に再発見することを提唱したい。もちろんこの2大バンドは今でも広く認知され、ロック史全体の中でも屈指のクラシックとしてリスペクトされてはいる。だが歯痒いことに、一般的認識としては「プログレを作った70年代レジェンド」くらいのものにとどまっていて、その本質的な凄さ──ロック表現を「人類全体の愚かしさを描ききる巨視的スケール」まで高めた──が、ほとんどないがしろにされているのが現実だ。

 2大バンドはけっして「古典」ではなく、今こそ、そのコンセプトや方法論をくまなく参照すべき「生きたオリジネーター」なのだ
 言うまでもなく、ザ・ビートルズやボブ・ディラン、レッド・ツェッペリン、デヴィッド・ボウイ、プリンスなども果敢な冒険精神を見せつけてきたのだが、フロイドとクリムゾンほど、極限まで「ロック表現における絶対的な自由」を突き詰めて表現のポテンシャルを拡張し尽くした存在はいない。どんな既成概念にも縛られず、あらゆる音楽/音響領域を渉猟した2大バンドのアグレッシブな美学と方法論は、この真にジャンルレスで全ての価値観が相対化した2020年代──あらゆるロック&ポップ・ミュージックを超並列的に享受できる時代──にこそ、もともとの本領を発揮していくに違いない。

 本書では、ピンク・フロイドとキング・クリムゾンの本質的な凄さについて認識を新たにしていただくために、これまで英米のロック・ジャーナリズムにおいても語られてこなかった「2大バンドのあらゆる両極性」にフォーカスし、深く掘り下げた比較分析を通じて、それぞれのとほうもない魅力が浮き彫りになるよう試みた。その「両極性」から、ロック表現そのものの巨大なポテンシャルが焙り出されてくるのだ
 さらに、その表現の表層はみごとに対照的でありながら、最後に浮かび上がってくるのは、どちらにも共通する「永遠不滅のレガシィ」である。それは「プログレDNA」とも言えるもので、ここ半世紀以上にわたって、驚くほど多彩なアーティストたちの中に深く静かに脈々と受け継がれてきたものだ。そのため最終的には、こうした2大バンドの無限大ともいえる「プログレDNA」のバリューが浮き彫りになるよう考察を展開している。

 幸いにも、ストリーミング配信が全世界に普及し、リスナーはあらゆる時代、そしてあらゆるジャンルの音楽にたやすくアクセスできるようになった。こうした享受環境の大変革によって、新作音源よりも旧作音源(=リリース後18ヶ月以上を経過した「カタログ」扱いの音源)のほうが急速にセールスを伸ばし、今や音楽マーケット全体の70~80%を占めるようになっている。つまり、ロック&ポップ・ミュージックのレガシィ音源がリスニング体験の主役になったわけだ。
 ロック・ミュージックの長い歩みの両極がこの2大バンドにあり、それはロックにおける美学やコンセプト、方法論などあらゆるエッセンスのプロトタイプ(原型)を内包している。その「プログレDNA」はまさしく永久不滅であり、現在のロックをより深く楽しむうえでも有効な視点を与えてくれる。「プログレDNA」の大いなる復権の時代が、今や到来しつつあるのだ。

 かつて、プログレッシブ・ロックに夢中になった記憶をお持ちの方々も、最近はなんとなく、それを「過去の想い出」にしておられたかもしれない。しかし、本書をご通読いただければ、そうした「プログレ体験」が今、ますます光り輝くものとして蘇るに違いない。思わず、本書を片手にプログレを熱量高く語り合いたくなったり、プログレに秘められた今日的バリューを誰かに伝えたくなったりするのではないだろうか。そんな、音楽を楽しむ高揚感を再体験していただけたら幸いである。

茂木信介

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『ピンク・フロイド VS キング・クリムゾン』

《書誌情報》
『ピンク・フロイド VS キング・クリムゾン
プログレ究極対決 ――ロックの未来を変えた2大バンドの両極』
大鷹俊一+高見 展+茂木信介 著
A5・並製・272頁
ISBN: 978-4-86647-171-6
本体2,200円+税
https://diskunion.net/dubooks/ct/detail/DUBK323
全国の書店・オンライン書店にて好評発売中


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