入口
必要以上のお金なんかいらなかった。それなのに、私は最近ずっとお金のことばかりを考えている。
学費、家賃、光熱費、食費、携帯料金。ただ生きるだけでお金はいる。だからお金のことは考えなきゃいけない。
奨学金を借りようにも、高校までは真面目に勉強してこなかったから、奨学金なんて借りれる成績じゃなかった。まあ、これは自業自得か。
仕送りを貰っている人を羨ましいと思ってしまう。どうして私ばっかりって、そんなことを思ってしまう。
バイトで疲れていると、友達に笑顔で話しかけられるだけで苛ついてしまう。そんな表情を出さないように、能天気だなぁ、と心の中で嘲笑して相手をしてあげる。こんな歪んだ人間になりたかったわけじゃないけど、どうやって自分の心を保てばいいのか分からなかった。
バイトをしている時は早く時間が進んでほしかった。留年したらお金がまたかかってしまうから、ちゃんと大学で成績を取らないといけなかったけど、バイトの時間を削るわけにはいかない。テスト前はいつも焦燥感に駆られていた。
「あ、帰る前にあれ片付けといて」
キッチン裏にある紙袋を指して先輩が言った。早く帰りかったから自分でやれよと思ったけれど、波風立てたくはない。
「はい、分かりました」
エプロンを外して、紙袋を取りに行った。
「あっ! ちょっと待って!」
私を呼び止めて先輩が駆け寄ってきた。
「あのさ、俺ももうすぐで上がりなんだよね」
「……そうなんですか」
いつもは言わないようなことを先輩が言ったから、私は戸惑った。
「……そういえば、先輩は私の30分後ですね。もう少しなんで頑張って下さいね」
面倒だなぁと思って、早めに会話を切り上げようとした。
すると、先輩が不自然に私の方に近寄ってきた。
──ああ、そうか、ここは死角になっているのか。
「それでは、これは片付けておきますね」
私は急いで後ろにある荷物を取って、先輩の横を走って通った。先輩の顔が見れなかった。
「お疲れ様です」
扉を閉めながらそれだけを言って、私は急いで事務室に向かった。
事務室に着いた頃には息が荒くなっていた。きっと早足になっていたせいだ。
「もう、さすがに苦しいなぁ」
走り疲れた気がする。自分で疲れないようにと考えながらやってきたつもりだったけれど、ゆっくり歩くことが許されないだけで苦しいみたいだ。少しは長く保った。それだけだったのだと思う。
せめてお金の問題だけでも、もう少し楽にならないだろうか。
生きているだけでいいや。