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一章「山あり崖あり」幼少期〜中学生編

はいはい、みなさん!

初めましての方も初めましてじゃない人もどうもです!

drift shift 代表兼、自宅警備員作家のkikyoです!

初投稿のエピローグ(序章)、読んで頂けたでしょうか?

前回は序章ということで軽いノリと説明からスタートしましたけど、今回からは、前回、説明不足の所を補足しながら、本編の「自宅警備員が作家になるまで✖︎簡易自己紹介」。一章「山あり崖あり」幼少期〜中学生編をスタートします。

エピローグ(序章)をまだ読んでないって人は下のリンクから先に読んで頂けると少しはわかると思います。

是非、先に序章からお楽しみください。

本編に入る前に前回話せなかった、そもそも私は何故、自宅警備員をやっているのか?をざっくり話してから、いよいよ本編をスタートします。

まず、自宅警備員というと、陰キャと呼ばれる暗くてインドアなイメージが多いのかなと思います。

例えば、『引きこもり』、『社会不適合者』、『コミュ障』、『子供部屋おじさん、おばさん(子供の頃のトラウマなどで引きこもり、段々と社会不適合者になり、大人になっても子供部屋にいる甘えた大人の例え)』etc.

あげたらキリがないくらい、この様な感じの『陰』なイメージを持たれる方が多いのではないかと思いますが、私はどうなのか?その様なトラウマだったりがある人なのか否か・・・

答えは完全に真逆のバリバリ陽キャのアウトドア派で『人、大好き』『陽』のイメージの人です。

「なんだよそれ!それならなんで自宅警備員なんかやってるんだよ!」なんて声が聞こえてきそうですが、ちゃんとその辺も本編で話していきますよ!

ここで言えるのは、それでも私はちゃんと、ある理由があり、余儀無く自宅警備員をやっているということですね!

それでは皆さんお待ちかね?の、謎に包まれていた事を全部繋げていき、詳しく話していく為に私はどの様な人間でどの様な過去があり、どうして自宅警備員作家になったのかを過去回想していく本編をスタートします!

ここまでお付き合いして頂けたのなら、どうかブラウザバックせずに最後までお付き合いお願いします!

それでは本編スタートです。

一章「山あり崖あり」幼少期〜中学生編

私は、とても裕福な家に誕生しました。

家族構成は父と母と2歳年下の妹と私の4人家族。

極々、一般的と言われる家族構成なんですが、なんと父と母は28歳差で、私が産まれた時の父は、50歳を超えていたので、同い年の人からすると、お爺ちゃんくらいの年齢です。

父は一代で築き上げたゼネコン(大きい建築関係の会社)の会長で、富も名声もあり、既に隠居はしていたのですが、それでも余裕があるくらいで、私はいわいるボンボンでした。

年齢がいってることもあり、the昔気質だった父は、お酒は一滴も飲めないのですが、凄い遊び人で、とてもじゃないがまともな人ではなく、遊んでるのか仕事してるのかも分からず、ほとんど家に帰ってすら来なかったので、母は凄く苦労したのだろうと思います。

それでも母は、お父さん子になる様な育て方をしていたので、それのおかげもあり、たまに帰ってくるお父さんが好きで好きで、私に見えていたお父さんは、凄く優しくて良い人でしたね。

一方、母も中々ファンキーでして.....。

仕事は美容師をやっていました。

母はお金の為とかではなく、純粋に美容師という仕事が大好きでやっていたのですが、女性に働いてほしくなかった父の所為で仕事に関しても苦労していて、それでもなんとかしてやりたかった母が取った行動は、父が海外に仕事なのか遊びなのかで行ってる最中に、自宅を改造して自宅兼美容室にするという強行突破に出たのです。

そして父はそこまでやるならと、渋々OKを貰って美容師をやってました。

父がほとんどいない、母は自宅で美容室をやっている、そんな環境の中、私と妹は母方の祖母の家によく遊びに行っており、妹と2人でいる時間が多かったので、仲が良いというか、私が一方的に大好き(シスコン)で、それの影響もあってか周りの下の子達(自分より年齢が下)とも仲が良く、何故だか、好かれる事も多かった私は、この頃の将来の夢は保育士でした。

色々と更に詳しく説明していくと、凄く複雑なので、このくらいにしますけど、これだけは言わせてください・・・私も妹も、ちゃんと2人の間の子供です。父親元気だなーって感じですよね...。

始まりから色々とメチャクチャで、面白い家庭だけど、なんだかんだでとても余裕があり、家族も仲が良くて、なに不自由なく、とても恵まれた環境・・・それでも神様は優しくありません。

私は大きなハンディキャップを持っていました。

それは何かと言いますと、生まれつきで大きな病気(死にはしないけども一生その病気)で色々と弊害があり、それに加えて病弱体質で、小さい頃は入退院を繰り返したり、病院にいることが多かったのです。

それでも私は、元気が取り柄でとても明るく、ワンパクな子供で、性格などは完全に父に似ており、ボンボンだったので、手に入らない物が少なく、自分をセーブする事が苦手でした。

それでいて、変に利口だったので、自分より目上の人にも平気で突っかかり、屁理屈を言っては自分が正しいと思った事を一切曲げず、とても憎たらしい子供でしたね.....。

曲がった事が凄い嫌いだったので幼稚園、小学校では、いじめられっ子とかがいると、やり過ぎなくらいに仕返しをしたりと、大きなお世話の手助けや、オーバーな所もあるけれど、正義感も強かったのです。

それでも、そんな私を面白く思ってない奴もいて、それの反感で私もいじめられたりもしてました。

ですが、そんなことに物怖じせず、持ち前の頭と明るさで立ち向かっていき、めげずにその様な事を続けていると、『こいつは只の良い奴』と周りから認められる様になっていき、面倒見も良くて、誰とでもすぐに仲良くなれ、勉強もでき、自分で言うのもあれなんですが、いわいる人気者と言われる人になっていってました。


そんな華々しく、順風満帆な生活がいきなり終わりを告げます。


小学校が終わりに近づきつつあった時、父親がやっていた会社が倒産してしまったのです。

父さん倒産!

というギャグが言えるレベルじゃなかったんですね.....。

抱えた借金が10億くらいありまして、ここから私の人生は一変するのです。

いきなり、なにもかもが無くなっていきました。

父は倒産の影響等で精神的におかしくなって、精神科救急病棟というところに入院てしまい、とてもじゃないが会える状況ではなく、家も差押えされて居られなくなり、母の夢のお店もなくなってしまって、もちろん、生活すらまともにできませんでした。

そんなメチャクチャになっていく中で、それでも凄いなと思うのは、母は父を捨てなかったんですよね。

母は付きっきりで父の面倒を見て、私と妹は母方の祖母の家に預けられるようになり、中学に上がる頃、ようやく父は退院してきて、なんとか4人の生活に戻ったのですが、相変わらず生活は厳しいままでした。

父は年齢的にも精神的にも仕事に就けるはずもなく、母が働き詰めになり、今度は母がほとんど家におらず、私は変わってしまった父を見るのが辛くて、辛くて.....。

そんな日々を送っていたのですが、それでも母は、全然めげずに、なんとかしようと必死だったので、私も家の為にと、小さいながらに頑張らなきゃいけなかったのですが、私はそこまで強くはいられなかったのです.....。

段々と色々な、しがらみがある中で、私の中で何かが切れてしまい、それの反動で荒れに荒れ、いわいる不良になっていき、非行時代に突入してしまったのです・・・


中学校に上がった私は、小学校が違う人達もいるけれど、相変わらずの持ち前の人気で様々な友達が増えたり、頭も良かったので、おべっかを使うのも上手く、この頃からは悪い先輩や大人とも付き合うようになって、段々と横道に逸れていき、ほとんど学校にもいかずに遊んではワルさばかりしてました。

夜道に輝くテールランプと爆音、煙草の煙とみんなの笑い声、盗んできたお酒をみんなで飲んで馬鹿騒ぎをしては、喪失感を無くし、どうしようもない生活。それでも自分の居場所が欲しかった.....。

何もかもが嫌になり、先が見えない生活を続けていき、空っぽになった私は、苦しみをなんとかしたいのに、自分で自分の首を絞めてるとも気付かずに、自分を傷つけては「消えてしまいたい」という幼稚な願望を抱き、苦しいのは自分だけではないのに悲劇のヒロインを演じている自分に酔いしれ、どんどんドツボにハマって、とても弱い人間。

そんな生活を続けていると、バチが当たると言うのでしょうか、悪い事は続いていくのです。

体調を崩していた祖父が亡くなり、祖母が癌になってしまったのです。私は、小さい頃から可愛がってもらっていたので、喪失感と共に「なにをやってるんだろう」という気持ちが込み上げて来るのですが、もうブレーキが壊れてしまっているので歯止めが利かなかったのです。

母は祖母の看病があるので、まだ小さかった妹と一緒に祖母の家に住む事になったので、私は父と2人で生活する様になります。

まともじゃなくなってしまった父を助けてあげなきゃいけないのに、現実を受け入れる事が出来ず、まともに家にも帰らなくなり、母は祖母の看病で私にまで手が回らなくなっていたので、拍車をかける様に私はどんどん悪い方向に進んでいってしまったのです。

信じられるものが無くなっていった私が、次に手を出したのは、お金を稼ぐ事でした。「お金は裏切らないし、稼げば稼ぐだけ、周りに人が集まってくる」という浅はかな考えで、無茶苦茶な事をして、なにをして稼いでいたのかは言えませんが、持ち前のネットワークと要領で、なんだかんだで稼げていた私は、このまま中学を卒業したら働いて自立しようと考えるようになります。

さぁこれからだ!という時に何故だか、うまいこといかないんです・・・

今度は祖母が亡くなり、父が体調を崩してしまったのです。

神様は乗り越えられる試練しか与えないと言うけれど、いい加減にしてほしいくらい悪い事は続くものなんですね・・・

「あーこれからどうしよう」と漠然と考えて、とりあえず中学を卒業したら働きだして、少しでも家にお金を入れつつ、自立しようと思ったのですが、父も母も中卒で、「今迄生きていく中で苦労したから」と高校には行って、せめて高卒は取ってほしいと言われ、あまりにも強く、反対されたので、渋々高校に行こうと決めたのですが・・・

そうなんです!今迄、ろくに中学にも行ってなかったので、内申が低すぎて、いける高校があまりなかったんです。

名前さえ書けば受かるような私立に行くお金もないし、「働きたい、自立したい」という気持ちがあったので、学費が安く、自分でなんとかする事ができ、働きながらいける、夜学で四年制の定時制高校に行くことにしました。

一応、受験しなきゃいけないし、誰でも受かる訳では無かったのですが、要領が良かった私は、特にこれといって勉強する訳でもなく、そこまで難しくないので当たり前と言えば当たり前なんですが、難無く合格し、高校生になります・・・・・

と、こんな感じで一章「山あり崖あり」幼少期〜中学生編が終わります。

総括としては、お金持ちの家に産まれて、なに不自由な生活をしていたのに崖に突き落とされて、現実逃避に逃げるが、不幸の連鎖が止まらない、といったとこでしょうかね。

楽しんで頂けたでしょうか?

最後まで読んで頂いた方々には本当に感謝、感激です!

よければ、気軽にコメントなどしていって頂けると幸いです!

それでは次回予告をして終わりにします。

次回予告

高校生になった私に訪れる数々の試練と成長!

果たして夜明けは来るのか・・・

二章「カラスと紅掛空色」激動の高校生編   乞うご期待









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