デート代は国が払うべきである

「いいよ、私も払うよ、ワリカンでいいなら」

清々しそうな顔でルリが言うのでぼくはがっくりしてしまった。まただ。ぜんぜんマッチングしてないじゃないか。いや、でも万が一ということもある。いちおうぼくは食い下がった。

「ああ、でもほら、申請だけでもぜんぜんいいよ。別にここで申請したからって明日からこうしなきゃいけない、みたいなこともないんだし」

彼女は一瞬だけ、ほんとうに一瞬だけ面倒くさそうな顔をして、でも笑顔を崩さずに付け足した。

「お店のバーコードもう読んじゃった。ワリカン分は払っておくね。はい、もう払った。今日はありがとうね」

完敗である。これで4度目だ。今日もワリカンになってしまった。今日も国にデート代を払わせることができなかった。

デート相手と並んで写真を撮ってマイナンバーを付けて、「交際中」のチェックを入れてアプリ経由で国に送れば、飲食代の8割が補填される、通称「交際支援給付制度」。支援金を一度でも給付された人には、後日(翌年の1月から2月ころ)、前年分の支払い履歴が店の名前と共にマイナンバー登録住所宛に送付されてくる。その明細、飲み食いした場所と金額を見ながら、去年はこんなにいい店に行けたんだねと盛り上がるのが近年のバレンタインデーの鉄板行事だ。

でも、ぼくはこれまで、誰かとの飲食代を国に払ってもらったことがない。相手がみんなデートと認定してくれないからだ。みんな、頑なにワリカンにして帰ってしまう。そこまでぼくとデートした履歴が国に残るのがいやなのか。

「わかった、今日はありがとう。ごちそうさま」

精一杯の笑顔で彼女に笑いかけたけれど、彼女は少し微笑んだだけで、そっと席を立ってそのまま去ってしまった。彼女のグラスの中にはほとんど口を付けていないワインが残っていた。彼女が止める間もなくバーコード決済してしまったせいで、スマホに密かに起動しておいた事前登録型架空デート提供サービスも無駄になった。

それにしても国はわかっていないなと思う。すでに成立しているカップルなんて、もううまくいってるんだから支援しなくていいじゃないか。本当に社会を家族ありきのかたちに戻したいのなら、デートしようと思ってもうまくいかない人間にこそ税金を投じるべきだ。「ワリカンでいいよと相手が言った瞬間に自分の支払い分を保証する制度」を作ってくれれば、デート失敗のリスクに怯えることなくこれからも積極的に相手を誘える。デート代を保証するくらいなら、デートにこぎ着けるための準備資金を支援してくれたほうがよっぽどいい。ぼくはTwitterを開いてツイートを作成する。

#デート代よりもデートにたどり着くまでの代金を国が支援すべき

……ハッシュタグが長すぎる。もう少し短くしたほうがいいだろう。

#自分磨き代こそ国が払うべき

これでいい。ぼくは2つのグラスが並んだテーブルを写真に撮って添付して文章を作成した。「今日もデートにたどり着けなかった。半額を支払うのがつらい。国は成功カップルばかり支援するのをやめろ。自分磨きに勤しみデート成功に向けて邁進する人間こそ支援すべきである」