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136.自分とルールが違う人

断片的なものの社会学

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三省堂書店池袋本店のヨンデル選書フェア(本記事は2019-2020のヨンデル選書 2nd seasonが対象)で、お買い上げの方に渡す特製カードに350文字のオススメ文を寄せた。以下、そのまま引用する。

夜中にね、テレビつけて何気なくNHKを見るときがあるのね。旅先のことも多いかな。そういうときはだいたい、一日ずっと情報が過剰だった日で、へとへとになってる。そういうときに映る番組の名前はよく知らない。とにかく、いらんナレーションがなくて、インタビュアーもずっと無言で、誰かの働く姿とか横顔とか、今で黙って座ってときどきしゃべる様子とかがじっ……と映ってる。高性能のマイクで息づかいが聞こえてくる。ぼくそういうの見るのがけっこう好きですね。解釈もまとめとかもしないの。言語化できない何かが、心の尖った部分を研磨して、だんだん自分と他者との境界がよくわからなくなって、自分以外のすべてぼうっと光り始めて自分だけが影になる。シルエットになった自分の形がわかる。そういうのが好き。この本はそういう本だと思います。

そういう本です。あと、2021年の終わりに出た『東京の生活史』がすごいんだけどこちらは本当に分厚くて本棚に入りきらない感がすごいので、まずは『断片的なものの社会学』を読むといいと思う。


だまって人のやることを見て、解釈を加えずに記載していく。社会学とか質的調査を気取っているわけではなく、そうすることが一番自分がざわつかない。そういうことは、ある。

毎回失礼なことを言ってくるので、何年も前にミュートした人が、いまだにぼくにリプライを送ってきているというのをつい最近知った。きっかけは「巻き込みリプライ」があったからだ。ぼくへのリプライはぼくには見えていないけれど、他の人からは見えているので、まれにこういうことがある。ふうん、いまだにミュートされていることに気づかないのかなあ、と思ってホーム画面を見に行ってみると、そこにはきわめて普通のツイートが並んでおり、リプライの大半もべつになんともない、ただしそれらのリプライにはぼく宛のものに限らずすべて返事がされていなかった。すべてがリプ先のツイートと噛み合っていないから、送られた人たちも困惑したのだろう。なぜその相手にそんなことを言うのか? と疑問に思うようなリプライばかりしている。これでは返事のしようがないだろう。

つらつらと眺めていてふと感じたことは、つまりこの人は、誰に恥じることもない普通の暮らしをしているが、ツイッターのリプライというものを多くの人とは違うツールとしてとらえているのだろう。あるとき自分の心に波が立ったなと思ったら、そのとき目に付いた人の、目に付いたツイートに、内容に関係があるかないか一切関係なく、心に波を起こした「風」についての感想をぶつける、という使い方を一貫してやっている。そうやって自分の人生を音を立てながら(ミュートされながら)歩んでいる。ぼくら全てにミュートされても関係ない、なぜなら、はなから受け手の声を聴こうとすることなく、自分の言いたいことをつぶやくその音は、その人自身の耳にだけは届くからだ。

先日、ぼくの本にすべて★1を付けるために生きている人を見つけて笑ってしまった。ほんとうにぼくの本だけに、全部おなじような感想と★1を付けて回っている。こういう人にもおそらくこの人だけのルールがある。そのルールは決してこちら側から解釈できる類いのものではない。解釈してはいけない。介入できない、すべきではない、したくもないところから届く毒矢。それは解釈をし始めた瞬間に身をむしばむから、ただ読んで、そうなんですねとどこかに一度記載してそれっきりにしておけばよい。それ以外に、ざわつかずに世界と暮らす方法はなく、そうしておけばぼくの人生には何の影響もない。なぜならそれは違う世界で違うルールに生きる違う人なりのやり方であってぼくには何の関係もないからである。

「何の関係もない人」のことを、質的社会調査してまとめた本にはある種の魅力がある。ではその魅力とは何なのか? 調査された人びとがこちらに毒矢を吹いてくることがないから安心して読めるからなのか? そういう側面がないとは言えない。でも、「自分とルールが違う人」がこの世のどこかにいるというのはそれ自体がなんらかの癒やし、というか、「許し」なのではないか、ということを今は考えている。世の全員にミュートされようとも生きていくことはできるという事実は「許し」以外の何だろう? 大人であれば全員が苦笑するような幼稚ないやがらせを年余に亘って続ける人のルールが世界から拒否されないのは「許し」以外にどう説明すればいいというのか?


(2022.2.18 136冊目)

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