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自己紹介

自己紹介

こんにちは。しのと言います。ドイツ在住のJava Developerです。ついにnoteに手を出しました。この記事では私の自己紹介というか、私の半生について語らせて貰います。

簡易経歴

2012年まで営業職に従事
2014年にドイツ人夫とイギリスのロンドンで結婚
同年にイギリスの大学入学
2016年エンジニアとして働き始める
2018年7カ月間オーストラリアのシドニーに移住→夫がホームシックにかかりロンドンに戻る
2020年息子妊娠後、夫のホームシックがピークに達し、鬱になってしまった為ドイツに移住
2021年ドイツで息子出産
2022年フルリモートで仕事復帰

オーストラリア シドニー

渡航前

まず、私は海外に出る前、24歳まで大阪で営業職をしていました。
営業職は戸宅営業だったのですが、本当に辛かったです。鬱とまではいかないまでも、毎晩「明日心臓が止まってたらいいな」と思いながら生きてました。よくある大学卒業して総合職としての採用だったので、3年間営業職として働いたら内勤に移れるという希望はありましたが、私は割とメンタルが強いポジティブタイプで、辛い中でも頑張って楽しいことを見つけたりしてたので、周りから「君は営業に向いてるね!」と言われていました。ただでさえ内勤に移りたがる人が多い会社だったので「あ、これって私は3年後にも営業に回されるな」と2年目の時点で気づいたので、仕事を辞めることにしました。
辞めますと上司に伝えた時、「ちゃんと次のことを考えてから辞めるって言ってるか?」という至極真っ当な事を言われたので、「人生に疲れた。転活する前に休みが欲しい」と思った私は、「留学します」と咄嗟に伝え、そこから留学をすることにしました。

この時の私の海外経験は、中学生の時に1週間程オーストラリアに行ったことがあるというだけでした。ちなみに英語は一番苦手な教科だったので、TOEICは200点台くらいしかなかったです。
本当になんの知識もなかったので、海外に住むのにビザが必要という事も頭になかったです。もちろんワーホリという制度のことも微塵も知らなかったです。

語学学校

4カ月ほど語学学校に通いました。元の英語力がしょぼかったのもあり、4カ月で(特にリスニングが)メキメキ伸び、最終日にはTOEICで600点取れるようになってました。
最近知ったのですが、TOEICで600点ってそんなに凄くないんですね。私は今でも700点取れるかとれないかくらいしか英語力はないと思ってます。

夫との出会い

友達の友達が、毎週のように50人くらい集まるホームパーティ(みんなでお酒持ち寄って飲むだけ)を開いていたので、たまに参加していました。参加した時、一緒に行った友達が「彼氏作りたいけど、自分から話しかけるのが恥ずかしい」と言っていたので「恥ずかしい事なんかないよー!見本見せるから見てて」と言って、たまたま近くで体育すわりして水を飲んでた当時の夫に話しかけたのがきっかけでした。この時デートの約束をしたんですけど、私がベロベロに酔っぱらっていたので「デートいつにするー?」とテキストを送ったらまさかメッセージ来るとは思ってなかったらしく、めちゃめちゃ驚いてました。
ちなみに、これ夫視点からだと夫から私に話しかけてデートの約束をしたことになってるんですけど、どっちの記憶がすり替わってるんだろ…?

ロンドンに住むという選択肢

夫と出会った時、お互いにもう帰国まで数カ月という時期。私は、「きっとこの人とはオーストラリアだけの関係なんだろうな」とドライなことを考えていたのですが、意外なことに彼の方が「離れたくない…」的な思考で「えっ、私のこと本気だったんだ…」とびっくりして、それで一緒にいる方法を考えました。私はドイツ語なんて一単語も知らないし、夫も日本語なんて一文字も知らない、みたいな状態だったので「じゃあ、英語圏に住もう」という話になりました。そこで「シドニーに残るか、ロンドンに行くか」という話になったと思います。ちなみに当時私は馬鹿だったので、「ロンドン?
?いいよ。ところでロンドンってイタリアだっけ?」くらいの認識でした。
そこで早速ワーホリに登録してみたら、運よく抽選に当たりましたので、ロンドン行きが現実になりました。

ロンドン イギリス

事務職

イギリスに渡英前、「イギリスに行くとして、じゃあ仕事はどうする?」という話になりました。夫が「ヨーロッパは経験が全て。なら、インターンシップをして経験を積んではどうか」と提案してくれたので、ロンドンで出来るインターンシップを探しました。私はオフィスワークの経験がなかったので、事務の経験をつむことにしました。そして3カ月のインターンシップを経て、日系の会社の事務職の派遣に滑り込めました。この仕事は1年間やったのですが、自分の無能っぷりにびっくりしました。無能すぎて仕事が貰えないので、一日中ネットサーフィンしてました。正直、事務って誰でも出来る仕事だと思ってたのですが、あれは誰でも出来る仕事じゃないです。私は本当に向いてませんでした。
一応1年間は働かせてもらったのですが、その後会社の業績が悪くなった関係か大量の解雇があり、私も当然のように契約解除されました。

大学

事務職が向いてなかったということもあり、「大学に行って資格を手に入れて、手に職を付けたい」と考えるようになりました。事務の仕事をしている時にVBAを使ってExcelを自動化して遊んでいたのを夫が知っていたので「じゃあプログラミングを勉強するのはどう?」と提案して貰いました。日本だと「文系・理系」というくくりがあり、文系出身の私が理系の科目を勉強するという発想がなかったので、この提案に「その手があったのか!!」と嬉しくなったのを覚えてます。
ちなみに文系選択をしてはいたけど、高校では一番得意な科目は数学で、いつも「なんで理系を選択しなかったんだろう」と後悔しっぱなしの人生だったので、ここで理系を勉強できるというのは単純に嬉しかったです。

イギリスは、他の国で大学を卒業していれば、それの卒業証明書とIELTSのスコアさえあれば大学に入学出来るところが多いです。なので、日本で大学を卒業している私は、かなり有利でした。あとはIELTSを取るだけ。
私は英語は、スピーキングはそれなりに得意だったけど、読むのや書くのは苦手だったので(当時TOEIC600点くらい)、大学選びは苦労しました。結局、IELTS6.0で入れる大学を見つけたので、そこに入りましたが、もしもう一回大学を選べるなら、一年間IELTSの勉強に費やしてでも別の大学に行けばよかったなと後悔してます。英語が出来たら本当はUniversity of West London とかGreenwich Universityとか行きたかった。そのくらい、私の行った大学(というか、大学資格がとれる専門学校、みたいな感じのところでした)は、教員も生徒もレベルが低かったです。

教員がどのくらいレベルが低いかというと、まず質問してもきちんとした答えが返ってくることはありませんでした。なぜなら、教えている先生もよく知らないからです。質問してもトンチンカンな答えしか返ってこないので、いつも家に帰ってから学校で貰った資料を夫に解説して貰ってました。夫が居なければ本当につんでいたと思います。 
あと、「スパゲッティーコードを書くべき。何故なら複雑なコードを書けば書くほどそのコードを理解できる人が君しかいなくなるから、解雇されなくなる」とか言ってて、耳を疑いました。
たまに「大学に行くべきか独学でいくべきか」みたいな議論を見かけますが、大学でプログラミングが学べると思ったら大間違いなので、スキルを身に着けるだけだったら独学でOKだと思います。ただ、やっぱり大学卒業資格の効果は絶大なので、私は行って良かったなと思ってます。ぶっちゃけ、大企業でまったり働きたい、とかなら大学資格を取るのが一番です。

エンジニアとして就職

頑張って大学を卒業後、ロンドンの中小企業でエンジニアとして採用されました。私は大学での成績が良かったので、就活はとてもスムーズでした。面接4社、最終面接まで進んだのが3社、最終的に内定2社で、就活期間は1カ月くらいでした。内定2社のうち、給料の良かった方の会社に就職を決めました。その会社で今でも働いているので、そこを選んで正解でした。
今はこの会社は大手に吸収合併されたので、結果的に大企業に就職した人みたいになってます。笑 大企業の福利厚生美味しいです。

そこから紆余曲折を経て、一度半年ほどオーストラリアに住んでみたり、そこからロンドンに帰ってきてみたり、妊娠中にドイツに移住してみたりして、今は上記の会社のドイツ支社所属で、でもチームメンバーは全員イギリス、みたいな感じで働いてます。コロナのおかげでフルリモートの地盤が出来上がった時期だったので、ドイツからフルリモートで働く、という契約への移行は割とスムーズだったと思います。ちなみに夫の働いていた某大手銀行はドイツへ移住してそのままフルリモートは認められない、という結果になったので、私は本当にラッキーでした。

さいごに

長くなりましたがこれが私の半生です。あんなに英語が苦手だったのに、今では英語で仕事をして、更にドイツ語まで勉強している人生です。自分でもびっくりの人生を送っています。でも、割と充実はしています。仕事はそこそこ、勉強や子育てはゆるゆる、というスローライフな生き方をしています。よろしくお願いいたします。


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