ココロネンド


 
[おい。相沢!今日放課後みんなでラーメン食べに行くんだけど行くよな?」
「いかない。」
「おいおい。もう五月だぞ?さすがに一か月で友達ゼロはまずいって。お母さんも心配してるだろ?自分の世界に閉じこもってるんだろうけどやめた方がいいぞ。世の中社交性だろ?お前社会人なったらどうするんだよ?少しは我慢して人間と関われよ。全く昼休みも本読んでばっかだし変わった奴だよ。でも俺はお前が変わるのを信じてるから何度でも誘うぞ。佐藤ってやつは特におもしろくてさ・・・・・・」
安田と私は家が隣だったことで幼稚園児のときから社会的にいう友人という関係になった。私と安田の関係はお見合い結婚した祖父母とよく似ている。自分の意志ではなく、親の意思で結合された関係。それなのに関係が険悪にならなのは私も安田も祖父母も”普通”という世界で最も巨大な宗教を知らず知らずのうちに信仰しているからに違いないのだった。
安田と私は親によって結合された関係であるので二つで一つのようだった。お互いに虫取りと野球が好きで毎日二人で同じ遊びをした。私たちが遊ぶ様子を見て両親は満足げな顔をした。それは安田がカブトムシに果物を与えて、思い通りにカブトムシがそれを食べたときの顔に似ていた。

「ああ。俺も安田も虫かごの中にいるんだな。親の虫かごの中に」
「はあ?何言ってんだ?」
二人の結合がとれた瞬間だった。その瞬間が私には見え、安田には見えていないのだった。”普通”という宗教を客観的に見てしまったために私にかけられていた洗脳が解けてしまった。ここから私はこの世界における“変わり者”となり陸に上がった魚のように生きていくことを強いられるのであった。。
 
人間には心というものがあり、それは実体のない手紙のようなものだ。
その郵便を言語や表情に任せて人間は生活している。
私にはそれが苦痛でしょうがなかった。私の言語や表情はとってもいたずらが大好きで伝えたいことをよく真逆に伝えてしまうのだから。自分が”普通”を信仰できていないのがその苦痛の原因なのは確かであった。普通の信者はこの苦しみから解放されているのだから。長年、人との会話や付き合いを極力避けて生きてきたがもうすぐそんな私も社会に出なければならない。安田が言うようにこのままでは生きていけない。信者とコミュニケーションをたくさんとり一刻も早く洗脳されなければならない。しかし、言語や表情でのコミュニケーションは私にとって不便で苦痛な物だ。すぐに挫折してしまうだろう。
私は私なりの信者との関わり方を見付けねばならない。
そんなときに私の部屋の押し入れからたまたま幼いときに使っていた粘土を見つけて私は”ココロネンド”を思いついた。
実体のない心を粘土にしてしまえばいい。自分の心をちぎって相手の心にくっつけるだけで心を通わせることができる。そうすればいたずら好きの言語や表情ともお別れして、信者と心を通わせ“普通”に洗脳されることができる。それが終われば、”普通“が私を救ってくれる。
まずは粘土を食べてみた。ジャリっとした音の後に油が染み出てきた。
その後にお祈りをする。いつも”普通”を信仰している安田が
「友達は多いほうが人生楽しい!!」
「世の中社交性!!!!」
とお祈りをしているのでやり方はもう知っていた。
「粘土!!!!!」
「心をちぎって運べる粘土!!!!」
「物にも心を運べる粘土!!!!」
「ココロネンドはじめます!!!」
自分の心が粘土になっていくのが分かった。
私は町に転がっていた空き缶でココロネンドを試してみることにした。
胸をつかむと私の心の一部がむにゅりとでて私の手の平に収まった。
それを空き缶の口に入れた。
 
 
「おい。空き缶!」
「君はだれだい?」
空き缶から声が心の中から聞こえたことで私は飛び上がるような興奮を覚えた。
「人間だよ!新しい心のやりとりをはじめるんだ!言語にも表情にも頼らないで心を通わせるんだ!ココロネンド!!!」
心をちぎって私は空き缶と意思疎通をする。
「君は”普通”を信仰していないのかい?」
「信仰したいけどうまくできないんだ。信者と心を通わせてちゃんと洗脳されるために自分で新しい心の通わせ方を見付けたんだ。」
「そうか。んで僕と何を話したいんだい?」
「んーそうだな。君はなにかを信仰してる?」
「もちろん」
「じゃあ。君は死んだらどうなると思う?」
「空き缶も人間もみんな同じさ。みんな死んだら星になるのさ。ここよりもずっとずっと暖かい場所で冷たい場所で生きる僕たちを見守るのさ」
「じゃあ。いますぐ自殺した方がいいかもね。」
「それはだめだよ。特に人間は冷たい場所にいないと暖かさがわからないだろ?いまいる場所がどれだけ豊かでも貧しさを知らないからそれを当たり前だと思ってしまう。人間は頭の悪い動物だろ?」
「たしかにそうだね。感心したよ。」
「君は”普通”を信仰するために"ココロネンド”という宗教を作り出したんだね。君の宗教の神話ができたらこのやりとりを載せてくれ。」
 
「おい。安田!」
「なんだよー。お前から話しかけてくるなんて何年ぶりだろうな。」
「俺もみんなと仲良くやれる!そのためにはまず安田の助けが必要だ!」
「え!本当にうれしいよ!なんでも言ってくれ!」
「まずこの粘土を食べてくれ!その後に
「粘土!!!!!」
「心をちぎって運べる粘土!!!!」
「物にも心を運べる粘土!!!!」
「ココロネンドはじめます!!!」ってお祈りするんだ!そうすれば言語や表情に頼らないで心で直接やりとりできる!!!俺がみんなとうまくやれるようになるのさ。夢みたいだろ!安田がやったらクラスのみんなもココロネンドはじめるだろ!!!!さあさあ!」
「おいやめろって!」
口に粘土を敷き詰められて倒れた人間の周りを奇声が取り囲む。
「ココロネンドはじめます!!!」
「ココロネンドはじめます!!!」
「ココロネンドはじめます!!!」
相沢にはこの奇声がお祈りの声に聞こえているのだった。



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